民國演義第一五九回 石青陽、西南を団結し、孫中山、北伐を宣言す (石青陽團結西南 孫中山宣言北伐)

盧永祥ら下野後の情勢

  • 盧永祥・何丰林・臧致平の三人が下野したことで戦局は大きく変化し、奉天・広東の両勢力がそれぞれ動き出す。
  • 広東の東江方面は両軍とも疲弊して膠着状態に陥る。呉佩孚は広西の陸栄廷、江西の方本仁に広東攻撃を命じるが成果は上がらず、沈鴻英はむしろ孫文側に寝返って陸栄廷を攻めたため、呉佩孚は味方を一人失い敵を一人増やす結果となった。

広東の増税騒動と商団の反発

  • 広東は財政難と北伐準備のため、商店の店舗権を対象とする「舗底捐」など新税を計画。商店・商団はこれに猛反発し、総罷市の構えで対抗する。
  • 商界は「舗底案の永久取消」「租捐・特種薬品捐等の廃止」「軍隊の市外撤退」「財政庁長陳其瑗の罷免」など七箇条を要求。
  • 広東省長徐紹楨が調停に奔走し、最終的に楊庶堪が諸税の永久取消を約束して騒動は一応収束するが、集結していた商団・郷団はそのまま「聯防総弁事処」を組織し、これが後に商団会長陳廉伯の武器密輸事件を機に商団と駐軍の武力衝突・列強介入問題へと発展する伏線となる。

孫中山、対英宣言を発する

  • 九月一日、孫文は広州湾岸への砲撃をめぐり英国領事が「無防備都市への野蛮な砲撃」と非難し、香港駐留英海軍の出動を通告してきたことに対し、対外宣言を発表する。
  • 宣言では、英国が匯豊銀行買弁(陳廉伯)ら反逆勢力の後ろ盾となっている実態を指摘し、砲撃対象は陳廉伯一派の武装拠点にすぎないと反論。英国労働党政権への失望と、帝国主義列強が一貫して反革命勢力を支援してきたことへの批判を述べ、この事件は国民党政府打倒を狙う帝国主義の企てにほかならないと断じた。
  • (詩・宣言文自体は原文の外交論争を長文で展開する内容のため要旨のみ記す)
  • この騒動は後に范石生・廖行超の調停で一応の決着を見るが、陳廉伯に利用されて後日再び大きな事変(商団事件)に発展する。

石青陽、雲南の唐継尭を説く

  • 熊克武の四川失敗後、行き場を失った石青陽は雲南に赴き、唐継尭のもとを訪ねる。四川進出を望む唐継尭は石青陽を歓待した。
  • 石青陽は、呉佩孚の武力統一策により四川・貴州・雲南・広西・広東・浙江・奉天までもが順次呉佩孚の勢力下に組み込まれかねないと情勢分析を展開し、唐継尭の危機感を煽る(呉佩孚が河南・湖北・陝西の兵力に川軍を合わせて二十万以上の兵で四川を制圧し、次いで貴州・雲南・広西・広東・浙江へと連鎖的に攻略していくという筋道を説く)。
  • 唐継尭が「どう対処すべきか」と問うと、石青陽はあえて「自分は無位無官の身、対処法など講じる立場にない」ととぼけて見せ、かえって唐継尭の奮起を誘う。唐継尭は「西南諸省が連合して呉佩孚に対抗すべきだ」と決意し、熊克武の四川再入りを援助すると宣言する。石青陽はこれを歓迎し、成功すれば唐継尭自身の勢力拡大にも繋がると持ちかけ、唐継尭に貴州の劉顕世との交渉を託される。

川滇黔連合軍の結成と孫中山への合流

  • 石青陽は貴州に赴き劉顕世を説得、次いで熊克武にも計画を伝える。三者の合意により「川滇黔連合軍総司令部」が組織され、四川進出・対外発展を目指すこととなった。
  • 石青陽は続いて広東に赴き孫文と接触。孫文は北伐に協力する彼らを同志として迎え、唐継尭を副元帥に推し、北伐の指揮権を委ねる。
  • 東南(江浙)の情勢が緊迫する中、孫文は北伐を決断し、北伐宣言を発表する。

孫中山の北伐宣言

  • 宣言は、辛亥革命以来十三年を経ても軍閥・反革命勢力(袁世凱の帝制、張勲の復辟、馮国璋・徐世昌の毀法、曹錕・呉佩孚の窃位盗国)が絶えず、その背後に帝国主義列強の借款・支援があったと総括する。
  • 今回の戦いの目的は曹錕・呉佩孚の打倒にとどまらず、彼らを支える帝国主義の勢力そのものを中国から排除し、不平等条約を改定して真の独立と民権を実現することにあると宣言する。
  • 国民経済・産業・農民生活・労働者の待遇・商業・教育文化の向上、不平等条約撤廃による国内統一の実現などを、最終目標である三民主義実現への具体的な第一歩として掲げる(十三年九月十八日付)。

あわせて発した三つの命令

  • 一つは、曹錕の不正選挙・売国的行為と、呉佩孚が浙江に兵を向けたことを大義に反する行為として糾弾し、諸将に呼応して北伐に立ち上がるよう命じる布告(九月五日付)。
  • 一つは、広州から韶州へ大本営を移して直接北伐を指揮すること、広東の民衆にこれまでの重い負担への謝意と今後の奮起を求める布告。
  • 一つは、広東人民・商民に向けたもので、革命の主義と革命の進め方は別であると説き、(一)諸軍を挙げて速やかに北伐すること、(二)広東の政治を広東人民の自治に委ね市長を民選とすること、(三)苛捐雑税を全廃すること、の三点を約束し、人民に革命政府への協力を呼びかける。

結び

  • 各省の人民は北伐の報を聞いて熱望し、義軍の到来を待ち望んだという詩句で本回を結ぶ。

評語

民国成立後十余年を経ても人民の苦しみが増す一方なのは、革命が徹底されなかったためである、と評者は毒蛇に噛まれた手を断ち切れずに毒が全身に回る例えを引く。孫文の北伐宣言・布告に示された「已むを得ず兵を用いる」苦衷は明白であり、人民が平和を望む限り北伐の目的が平和の実現にあることを悟って奮起するはずだとし、北伐の成功はここに基づくと結ぶ。