民國演義第一二八回 澡吏廚官、仕途に色を生じ、葉虎梁燕、交々繋がり権を弄ぶ (澡吏廚官仕途生色 葉虎梁燕交繫弄權)
醜聞の後日談
崔承熾と劉喜奎の結婚は京津の新聞で大々的に報じられ、曹錕・陸錦の色恋沙汰の内幕まで暴露される。二人とも面目を失い、この三角関係の一件は数年前に一応の決着を見ていた。今また盛大な寿宴を催す曹錕だが、名妓劉喜奎の姿だけがそこになく、感傷にふけっている。
李彦青の出世譚
曹錕の胸中の屈託を見て取った側近たちの中でも、特に李彦青が親密だった。彦青はもと料理人の息子で、自身も浴堂の脚もみ・按摩係として働いていたが、ひょんな縁で曹錕に見初められ、公館に引き取られる。曹錕の入浴時の世話役から始まり、副官・参議・処長といった肩書まで与えられ、たちまち権勢を得た。
曹夫人の叱責
呉佩孚は彦青のような佞臣を嫌い遠ざけていたが、曹錕の正室夫人は彦青を面と向かって「妖怪めいた者が大帥の身体を損なっている」と厳しく叱責する。彦青は平身低頭して詫び、曹錕もこれを慰め、後日その労に報いる形で彦青の父に県令の地位を与えた。
李彦青の劉喜奎への進言
彦青は曹錕がなお劉喜奎を忘れられずにいることを察するが、喜奎を連れ戻せば自分の立場が危うくなると考え、「喜奎はすでに病みやつれて醜くなった、天下に美女は多いので他の美人を探しましょう」と巧みに翻意させ、曹錕は喜奎への未練を断つ。
北京政府の窮乏と梁士詒内閣の成立
年の瀬を迎え、北京政府は各省からの索餉・官吏への未払い給与、中交両行の兌換問題などで極度の財政難に陥る。総理靳雲鵬は身を引き、金融界に顔が利き外債交渉に長けた梁士詒が張作霖の後押しを得て組閣する。梁は腹心の葉恭綽らを登用し、年越しの資金調達に奔走するが、洛陽の呉佩孚が山東(魯)案問題を理由に梁内閣を七日以内に辞職せよと迫る急電を発する。
山東(膠済鉄路)交渉の経緯
ワシントン会議で中国代表の施肇基・王寵惠・顧維鈞は、膠済鉄路の無条件回収を目指す国民の期待を背負っていたが、政府の方針が定まらず交渉は難航する。国民代表の蔣夢麟らが督促し、最終的に中国が分割払いで買い戻す形での妥結案がまとまる。
梁士詒の密電と国民の反発
ところが梁士詒は借款の便宜を図るため、密かに三代表へ日本側への譲歩を指示する電報を送る。これに三代表と国民代表は激怒し、政府の指示を無視して当初の議案通り署名することを決断する。日本側代表の揺さぶりにも顧維鈞が毅然と応じ、最終的には人民や各国の後押しもあって当初の妥結内容がどうにか維持されたが、梁士詒の対日弱腰は全国の怒りを買い、彼の内閣は「梁上の燕」のごとく危うい立場に追い込まれる。
評語
布販売から身を起こした曹錕には、そもそも国家や政治といった観念が乏しい。料理人が県令になり、浴堂の下働きが処長になるのも当然の成り行きである。「国家の乱れは官吏の邪によって生ずる」というが、曹錕の下の「官」はもはや官の体をなしていない。この似非役人の跋扈に苦しむ人民こそ哀れというべきである。