民國演義第一一一回 総理を易えんと徐靳謀を合わせ、代表に宴し李王異議す (易總理徐靳合謀 宴代表李王異議)

徐樹錚の庫倫専横

徐樹錚は冊封専使として庫倫に入り、外蒙古への冊封の儀を執り行う一方、庫倫辦事大員の陳毅に対しては「自分の功を横取りするな、外部との連絡も控えろ」と高圧的に恫喝し、以後の辺防事務を独占する。陳毅は憤りつつも角を立てず表面上は従う。

靳雲鵬の国務総理就任

財政総長兼代理国務総理の龔心湛が財政難を理由に辞職する。徐世昌は段祺瑞門下の陸軍総長靳雲鵬を後任に据えようと画策し、府秘書長の咨文に自ら「才大心細、能負責任」と高評価を書き添えて国会へ送り可決させる。曹錕・張作霖も連名で靳を推薦する電報を寄せ、靳雲鵬は正式に国務総理へ就任する。徐は靳を武人ながら扱いやすいと見込み、安福国会の不満回避と曹錕・張作霖の連携という二重の思惑からこの人事を進めたものだった。

裁兵節餉の議

広東軍政府は八年公債の取消を要求する電報を寄せる。財政窮乏を訴える靳雲鵬に対し、徐世昌は「軍閥自身に音頭を取らせるべき」と助言し、曹錕・張作霖に発起させる形で各省督軍・省長が連名で軍隊二割削減と税制整理を求める上奏を行わせる。徐世昌はこれを受けて裁兵節餉の命令を発するが、実際には各派の思惑が絡み合う中での表面的な合意に過ぎず、実行は疑わしいものだった。

皖・直・奉三派の対立構造

徐世昌は文治を志向し晩晴簃詩社などで風雅を楽しむ一方、実権は安福系(段派)に制約され、直隷派(曹錕)・奉天派(張作霖)・皖派(段祺瑞)の三つ巴の権力争いが政局の背後にあり続けている。

王揖唐の南下と和議の頓挫

北方総代表となった王揖唐は南下し、江蘇督軍李純を訪ねるが、皮肉を交えた冷ややかな応対を受ける。上海では排斥の張り紙が貼られ、王揖唐は金銭工作で懐柔を図るも、南方代表からは「魚問屋の元締め」と揶揄され正式な交渉には至らない。南方総代表の唐紹儀も広東軍政府に辞職を申し出て、和議は暗礁に乗り上げる。 (詩:南北の和議が進まぬまま軍人ばかりが争いを続けることを嘆く趣旨)

評語

龔心湛から靳雲鵬への交代は表面上同じ段派内の入れ替えに見えるが、実は徐世昌が段派を利用しつつ牽制しようとする深謀があった。裁兵節餉も靳の政策のように見えて実は徐の入れ知恵であり、軍閥が本気で実行する保証はどこにもない。王揖唐の南下も徐が仕組んだ策謀の一環で、李純の応対にはなお武人らしい実直さが残るものの、南北とも腹の探り合いに終始しており、国家の前途は暗いままである。