民國演義第九十六回 大使に任じ専ら媚を取るに工み、合同を訂し屢次金を貸す (任大使專工取媚 訂合同屢次貸金)

南方軍の抗議電

  • 伍廷芳・陸栄廷・唐継堯・林葆懌・劉顕世・譚浩明らを領袖とする南方独立軍は、中日軍事協定の密約を知り、段祺瑞が辺防を口実に日本軍を借りて南方を討つのではと恐れ、馮国璋総統に真意を問う電報を送った。
  • 電文は、密約の噂に対し中央が明確な説明をしないことを非難し、南方は護法を志すのみで意気の争いではないとしつつ、段一派が用兵・借款・購械の末に亡国の条約に至るなら国家主権は外人の手に落ちると警告、中央が亡国の約を結ばぬと表明し南北の紛争を平和会議で解決するなら停戦に応じるが、そうでなければ国民は共に滅ぶとも辞さぬ、と強い調子で迫るものだった。
  • 馮総統はこの電文を国務院に回送し、かえって段の怒りを煽る結果となった。段は借款により軍備を整え南方を一気に平定しようと決意する。

曹汝霖・陸宗輿・章宗祥の借款工作

  • 段は交通総長兼財政総長の曹汝霖と幣制局総裁の陸宗輿に借款を命じた。両名とも親日派で、陸は中華匯業銀行の総理も兼ねる財界人だった。
  • もう一人の要である駐日公使章宗祥の経歴が詳述される。浙江出身の兄章宗元とは対照的に、章宗祥は日本留学で法政を修め、慶親王奕劻の邸で妻陳氏が奕劻夫人に取り入ったことを機に出世の糸口をつかんだ。粛親王善耆の引き立てで進士を賜り、参丞・憲政編査館委員・右丞・内城巡警総庁庁丞を歴任、辛亥革命後は清室議和代表、袁世凱政権では大理院院長・司法総長などを務め、袁の帝制運動にも協力したが失敗後は段祺瑞に転じ、司法総長を経て駐日公使となった。彼の学問も地位も日本と段総理によって得たものであり、それゆえ日本と段に忠実だった。
  • 曹・陸・章の三名は日本と連携し、民国七年六月から九月にかけて五件の対日借款を成立させた。

五件の対日借款

  • (甲)吉林・黒龍江の森林・鉱山を担保とする借款三千万円。曹汝霖・田文烈が中華匯業銀行を通じ日本興業・朝鮮・台湾の三銀行から調達。期限十年、年利七分五厘などの条件のほか、吉黒両省で採木・開鉱の会社を設立する際は出資銀行が資本の半分を投資できる付帯条項もあった。
  • (乙)善後借款の追加分千万円。前年借りた善後借款の墊款に続き、塩税余剰を担保に正金銀行を通じて追加調達、中国・交通両行の紙幣整理に充てるとした。
  • (丙)吉会鉄道借款の予備千万円。吉林から延吉・図們江を経て会寧に至る路線建設のため、興業・台湾・朝鮮の三銀行と十四条の予備合同を締結。公債発行や図們江鉄橋の共同建設などを定めた。
  • (丁)満蒙四鉄道借款二千万円。駐日公使章宗祥が興業銀行副総裁小野英二郎らと、洮南―熱河、長春―洮南、吉林―海龍―開原、洮南熱河間から海港に至る四路線の建設費として締結。
  • (戊)順徐鉄道(済南―順徳・高密―徐州)建設のための借款二千万円も、章宗祥が同じ三銀行と交渉した。
  • いずれの契約も日中両文で作成され、解釈に疑義が生じた場合は日本文を正文とする条項があり、実質的な中国側の不利が組み込まれていた。曹・章・陸は借款が手に入りさえすればよいという姿勢で、資金は実業振興ではなく武人・政党の需要に流用されたと見られる。

広東軍政府の成立

  • 南方では非常国会が軍政府組織大綱を制定し、政務総裁七名(唐紹儀・唐継堯・孫文・伍廷芳・林葆懌・陸栄廷・岑春煊)を選出した。孫文は総裁就任を固辞して日本へ去り、唐紹儀も就任しなかったため、岑春煊・伍廷芳らが実務を主導し、民国七年五月二十日の選出から七月五日に軍政府成立が宣言され、南北の対立は決定的となった。

評語

  • 曹・章・陸の三名はそろって親日派かつ借款の担い手であり、とりわけ駐日公使の章は通信の便もあって最も暗躍した。五件の借款はいずれも日本人の利権拡大につながるものであり、林業・鉱業・鉄道や紙幣整理の名目であっても、実業振興や財政整理にはほど遠く、実際は武人・政党の資金需要を満たすためのものだった。是非は後世の判断に委ねるほかない。