民國演義第七十二回 怒りを遷すを好み陳妻譴を受け、款を硬索し周媽嗔を生ず (好遷怒陳妻受譴 硬索款周媽生嗔)

陝西の後始末と紙幣停止

陳樹藩は輜重の一部を取り戻して陸建章を送り出した。中央には出兵の兵も軍費もなく、財政総長梁士貽の放漫な資金流用で中交両行の現金が枯渇し、五月十二日には両行紙幣の兌換停止令が出され、北京の金融は大混乱に陥る。世間はこれを段祺瑞内閣の失政と噂したが、実際は梁士貽の策であり、段は不本意ながら押し切られて捺印した。

山東の混乱と袁の発病

山東でも民党が周村・濰県を占拠して独立を称え、袁に退位を勧める通電が相次いだ。袁は憂憤のあまり尿毒症を発症し、御医陳蓮舫の診察を受けるが、その治療法(小便後に舐めて毒を除く)を側妾に命じ、汪姨・香兒・翠媛の三人が交代で務めるという痛ましい光景が描かれる。翠媛が電報を見た袁の怒りに触れて負傷する場面もあった。

陳宦夫人への八つ当たり

陳宦独立の電報を受け取った袁は激怒し、京にいた陳宦の妻(於夫人の義女)を呼び出して詰問、夫の帰順を条件に幽閉すると告げる。陳宦の独立宣言文(四川の窮状と項城への忠告が容れられなかった経緯を述べ、絶縁を宣言する内容)が引用される。陳夫人は於夫人・洪姨太に助けを求め、洪姨太の計らいで釈放された。

洪姨太の弁舌

翌日、袁が洪姨太を詰るが、洪姨太は皇帝の呼称の理屈や陳宦夫婦の不仲を巧みに説き、袁の陳宦への処分は解任(周駿・曹錕・張敬堯を後任に)にとどまった。

周媽の借金取り立て

湘南の名士・王闓運(帝制勧進の代償として袁に三十万円を要求し十数万円を受領していた)の家人・周媽が、残金の督促に上京する。湖南将軍湯薌銘が独立して払えなくなったことが背景にあり、周媽は袁に直談判、脅しにも一切ひるまず堂々と要求を通した。手を焼いた袁は洪姨太の取り成しでようやく紙幣数万元と現銀を用意し、周媽は郷里へ帰った。

評語

本回は四川・湖南の独立という同じ主題を、陳宦夫人と周媽という二つの挿話で側面から描く趣向である。陳宦夫人の釈放も周媽の借金回収も、いずれも洪姨太の力によって実現しており、その権勢の大きさが窺える。袁が皇帝になれず病死したからよかったものの、もし帝位に就いていれば洪姨太は呂后・武后、あるいは趙飛燕・楊貴妃の類となっていたであろうと著者は評し、袁の破滅の一因として、世に知られた六君子・十三太保だけでなくこの紅姨太の存在も見過ごせないと結ぶ。