民國演義第六十八回 退位に迫られ袁項城胆を喪い、会場を鬧し顔啓漢兇を行う (迫退位袁項城喪膽 鬧會場顏啟漢行兇)
帝制の費用と財政破綻
- 帝制推進のための総額は六千万元にのぼり(大典籌備費・登極犒軍費・国民代表買収や請願運動の費用など)、その財源は内外借款や中国・交通両行の資本金の流用であったと総括される。犒軍費は川・湘・桂方面の軍費に転用されたが、財政破綻が帝制取消の主因の一つであったとされる。
北京側の和平工作と護国軍側の拒絶
- 徐世昌・段祺瑞・黎元洪が連名で蔡鍔・唐継堯・陸栄廷らに停戦を呼びかけるが返答はない。各省大吏の多くは和平を望み、馮国璋も帝制取消を支持する。
- 康有為・梁啓超の師弟関係を通じて北京は六か条の和議案(独立取消・治安維持・新兵解散・原駐地への撤退・停戦・代表派遣)を提示するが、蔡鍔はこれを拒絶する返電を黎元洪・徐世昌・段祺瑞宛に送り、袁の完全退位こそが人心を得る唯一の道だと説く。
護国軍側の六大条件
- 龍済光を介した交渉で、滇黔側は逆に六大条件(袁の国外退去・楊度ら十三人の断罪・帝制費用の賠償・袁子孫の公権剥奪三代・黎元洪の総統継承・軍隊は護国軍都督の指揮下に)を提示、双方の要求は全く噛み合わず和議は決裂する。
袁の窮余の策と地方大吏の離反
- 袁は参政院長・溥倫による議員懐柔と、阮忠樞による馮国璋・張勲への働きかけを試みるがほぼ失敗する(張勲ら二名のみ協力的)。
- 曹錕らに徹底抗戦を促す密電を送るが、陳宦(四川)・湯薌銘(湖南)はいずれも和平を主張、馮国璋の電文はさらに踏み込んで袁の退位を求める内容となる。
龍済光の広東「独立」
- 広東では革命党系の複数勢力(陳炯明、黄興を推す護国軍、孫文系の旧同志ら)が各地で蜂起し、龍済光は孤立状態に陥る。陸栄廷の圧迫も受け、龍は姻戚である陸に泣きつき「独立すれば地位・一族を保全する」との言質を得る。
- 鴉片専売局長・蔡乃煌と謀り、北京に「独立」の許可を請う形をとる。袁は「独立擁護中央」の六字で許可を与える。
- 軍艦の離反や民衆の突き上げを受け、4月6日、龍済光は独立を宣言する。ただしその布告文は袁への批判を一切含まず、地方秩序維持を名目とする穏便な内容にとどまる。
海珠会議の惨劇
- 護国軍側(魏邦屏ら)は龍の独立の誠意を疑い、政治犯釈放等が実行されていないことを問題視する。梁啓超の学友・徐勤は和平的解決を主張し、龍側の譚学夔・王広齢と面会、双方代表(陸側から湯叡)を迎えての会議(海珠会議)が設定される。
- 前夜、湯叡は乗船中に砲撃を受けたことを徐勤に告げ、龍側への不信を語る。
- 4月12日の会議当日、龍済光配下の統領ら(賀文彪・潘斯凱・顔啓漢ら)が武装して出席、険悪な空気の中、徐勤・湯叡が和平演説を行うが、顔啓漢が徐勤を別室に連れ込もうとした直後、銃声が響き、徐勤は倒れる(生死は次回に持ち越される)。
評語
袁世凱の詐術・殺戮と龍済光のそれとは同根であり、袁が詐術・殺戮ゆえに没落したように、龍もまた同じ道をたどるだろうと評者は暗示する。海珠会議での顔啓漢による襲撃も龍済光の指図なくしてはあり得ないとし、「袁皇帝」「龍郡王」という二人の破滅を並べて嘆じている。