民國演義第三十五回 委員を拒み政府の怒りに触れ、武力を借り証書を追索す (拒委員觸怒政府 借武力追索證書)

約法修正案をめぐる対立

議員たちは袁総統の長文の教書を読んだ。臨時約法の一部条文を改めるよう求める内容で、大統領の官制制定権・文武官任免権・宣戦講和条約締結権を参議院の同意なしに行使できるようにする修正三条、および非常時に大統領が教令で法律や緊急財政処分を代行できる追加二条が提示されていた。だが憲法起草委員会はすでに十一章百十三条の草案をほぼ固めており、袁の要求は君主立憲的な内容で民主共和の趣旨に反するため、施愚・顧鼇ら大統領の使者八名が意見陳述のため出席を求めても、規則にない者は入場を許さないとして門前払いにした。

反対通電

面目を潰された施愚らの報告を受けた袁総統は、国務院を通じて各省都督・民政長に憲法草案反対の通電を発した。国民党が政党を隠れ蓑に国家を破壊していると断じ、草案の内閣不信任条項・行政訴訟の法院移管・国会委員会の権限・審計院の議員選出制などを列挙して、これらが行政権を国会の少数支配下に置き、亡国を招くと非難する長文であった。実際には草案の内容は臨時約法を敷衍したに過ぎなかったが、袁は民選総統の立場を隠れ蓑に、各省長官を使嗾して立法機関に圧力をかけ、国会解散の口実を得ようとした。各省の都督・民政長は袁の勢いにこびへつらい、国民党解散や議員資格取消しを求める電報を次々に送り、中には国会全体の解散を主張する者もいた。袁は上機嫌で熊希齡総理らを招いて対応を協議した。

国民党解散と議員資格取消し

熊総理らの態度は曖昧なまま、袁は独断で十一月四日、国民党解散と国民党籍議員の資格取消しを命じる令を発した。李烈鈞らの密電を証拠として国民党本部と国会議員が二次革命を裏で操ったと断じ、北京の国民党本部の即時解散、各地の同党機関の三日以内の解散、国民党籍議員からの証書・徽章の一律没収、内務総長による候補者繰上補充を指示する内容であった。

議員証書の強制回収

命令が下ると、国民党議員だけでなく他党の議員も戦々恐々とし、新設の民憲党などは憲法草案を守り抜くと気勢を上げたが、既に手遅れであった。当日夕方から軍警が議員の自宅を回り、拳銃で脅して証書・徽章を取り上げ、深夜までに三百五十余件、さらに湖口事件前の離党者からも八十余件を回収した。加えて両院の出入口に軍警を配置し、名簿にない議員は院内に入れないようにした。国民党議員の証書没収だけで両院定数の約三分の一が失われ、追加分も含めるとほぼ半数に達し、法定人数を割って国会は開会不能に陥った。候補者への繰上補充も、赴任を恐れて誰も応じず、国会は事実上機能を失った。さらに袁政府は各省議会の国民党議員も一掃させた。

評語

八人の使者を門前払いしたのは国会の正当な行動だが、老獪な袁はもとより国会との衝突を織り込み済みで、これを口実に武力に続いて立法府をも制圧した。国民党解散・証書没収という強権行使が一夜のうちに徹底されたさまは、袁の威勢の凄まじさを示す一方、力で仁を装うだけで真の徳がなければ、専横を続けても長続きしないだろうと結ぶ。