民國演義第二十九回 鄭汝成、力めて製造局を守り、陳其美、春申江に戦敗す (鄭汝成力守製造局 陳其美戰敗春申江)

湖口陥落と李烈鈞の敗走

  • 北軍は段芝貴・李純・王占元・湯薌銘らの水陸連合軍で湖口を包囲。馬繼増・鮑貴卿の部隊が西砲台・東砲台を相次いで攻略し、李烈鈞は湖口を放棄して逃亡した。挙兵から十数日で江西の反乱は鎮圧された。
  • 袁総統は勝利を喜び恩賞を出す一方、李烈鈞の懸賞手配と、殺害された部下への手厚い弔慰を命じた。

上海製造局をめぐる攻防

  • 陳其美率いる討袁軍(滬軍)は上海製造局を繰り返し攻撃するが、製造局を守る鄭汝成は海軍総司令李鼎新と連携し、周到な防備を敷いた。
  • 陳其美方の李平書・王一亭が金銭で鄭汝成に局の明け渡しを求めるが、鄭は一喝して拒絶。陳其美は敢死隊・鎮江軍・上海軍・浙江軍など約七千五百人を動員し、東・後・西の三方から製造局を攻めるが、鄭汝成側の反撃と軍艦からの砲撃で鎮江・浙江軍は潰走し、敢死隊も半数以上を失う大敗を喫した。
  • その後も陳其美は繰り返し攻撃を仕掛けるが、いずれも北軍に撃退される。松江軍司令鈕永建の来援も鄭汝成の伏兵に阻まれ、学生軍も軍艦の砲撃で壊滅的損害を受けた。
  • 二十二日夜から二十五日にかけて三戦三敗を喫した討袁軍は統制を失い、逃亡兵が地方検察庁を襲って収監中の応桂馨らを脱走させるなど、上海の治安は乱れた。
  • 江蘇都督程徳全と民政長応德閎は上海から通電を発し、南京の変事は不本意な事態であり、地方秩序の回復に努める旨を表明した。
  • 陳其美はなお日本人砲兵を雇うなどして最後の攻撃を試みるが、北軍の反撃で潰走し、上海の戦闘はついに終結した。

評語

  • 上海が独立を宣言しながらも、製造局だけは中央側に残り孤立した状況にあったが、鄭汝成の指揮によって数日にわたる激戦を耐え抜いた。用兵は人を得るかどうかにかかっており、兵力の多寡だけでは勝敗は決まらないことを示す好例である。
  • 陳其美が流氓や車夫まで動員して北軍を威嚇しようとした様は、清末の義和団の乱で北京の使館を攻めた董福祥らの故事に似ており、児戯に等しい策では到底通用しなかった。劉福彪のような匹夫の勇に頼る者たちも、なおさら語るに足りない。