民國演義第二十七回 湖口に戦い李司令勝ちを得、江寧を棄て程都督生に逃る (戰湖口李司令得勝 棄江寧程都督逃生)

湖口の攻防

  • 林虎は李烈鈞の要請で北上し、九江鎮守使李純の軍と湖口付近で衝突。両軍は激戦の末、勝敗つかず対陣した。
  • 袁総統は李烈鈞の陸軍中将・上将銜を剥奪し、逆賊として討伐を命じる通令を発した。
  • 翌日の決戦で李純軍が林虎軍を圧倒し、林軍は弾薬が尽きて潰走。李純は勝利を報告し、袁総統は段芝貴を第一軍軍長として増援に派遣した。
  • 江西護軍使歐陽武が独断で都督を自称していることが発覚し、袁総統はこれを厳しく非難する通令を重ねて発した。

黄興の南京占拠と各地の独立

  • 黄興・柏文蔚・陳其美らは李烈鈞に呼応して挙兵。黄興は上海から南京へ渡り、第八師を扇動して江蘇都督程徳全に独立を迫った。
  • 程徳全は病を理由に上海へ退避し、黄興に都督府を明け渡す形で南京は独立、討袁軍総司令を称した。陳其美は上海で、柏文蔚は臨淮関でそれぞれ独立を宣言した。
  • 袁総統は張勲を江北鎮守使、倪嗣衝を皖北鎮守使に任じ、馮国璋を第二軍軍長として南下させる一方、趙秉鈞を北京警備地域司令官に起用して首都防衛を固めた。
  • 黄興は南京要塞の司令官らを殺害し、袁総統は黄興・陳其美・柏文蔚らの官職を剥奪し討伐を命じる通令を発した。

張勲の南下と黄興の書簡

  • 張勲は徐州へ進軍する途上、南京から来た軍と韓荘で激突し、これを撃破。
  • 黄興は張勲に討袁への参加を促す書簡を送ったが、張勲は「自分は袁総統に忠実である」として一蹴し、書簡を破り捨てて拒絶した。

評語

  • 李烈鈞の挙兵に続き黄興・柏文蔚・陳其美らが呼応したが、袁側はあらかじめ李純を九江へ、鄭汝成を上海へ、張勲・倪嗣衝を江北・皖北へ配し、段芝貴・馮国璋を増援に送るなど周到に布石を打っていた。
  • 討袁軍は威信も態勢も未熟なまま挙兵に踏み切ったため、敗北は必然であった。ただし程徳全が南京を放棄したことは袁の予測を超えており、この点だけは誤算だったといえる。