民國演義第二十三回 国会を開き盛典を挙行し、約法に違い擅に合同に簽す (開國會舉行盛典 違約法擅簽合同)
正式国会の開会
- 民国二年四月八日、正式国会の第一回開院式が北京で行われる。参議院・衆議院あわせて多数の議員が出席し、国旗掲揚・軍楽演奏の中で開会の儀が営まれる。年長の楊瓊が臨時議長を務め開会の辞を読み上げる。
- 袁総統は多忙を理由に自ら出席せず、秘書長・梁士詒を代理として頌詞を代読させる。共和国家の主権在民を謳い、国会の成立を祝う内容だが、総統自身が初回から出席を避けたことは、国会軽視の姿勢の表れと見られる。
- 同日、ブラジルが中華民国を承認したとの知らせも届き、都下では祝賀ムードが広がる。式の後、旧参議院は解散式を行う。
議長選出と党派対立
- 議員は国民党・共和党・民主党・統一党の四派に分かれ、議長職を巡って激しく争う。国民党が最大勢力だったが、他の三党は反発し、特に政府に近い統一党が共和党・民主党を糾合して国民党に対抗する構図となる。
- 二十日に及ぶ調整の末、参議院議長には国民党の張継、衆議院議長には民主党の湯化龍が選出され、国民党は一勝一敗にとどまる。
六国借款問題
- 議長選出の陰で、袁総統は議院に諮らぬまま六国銀行団からの巨額借款契約に署名するという専断を行い、大きな波紋を呼ぶ。
- 経緯として、既存のロンドン借款の担保をめぐる交渉の後、銀行団は塩税全体を担保にすること・財務への外国人顧問配置・借款支出時の外国人の署名関与・単独借款の禁止などを要求。財政総長・周学熙はこれに対し折衷的な五か条の大綱(塩務は中国人主導で外国人を補助的に雇用、借款用途は参議院議決に基づく、会計監査は中国審計院が担当、実業借款は普通の技師雇用にとどめる、契約未消化のうちは優先的に六国団に交渉する)を参議院に諮り、これは形式的な報告として簡単に承認されてしまう。
- その後、利息引き上げ要求、旧債返済期限をめぐる各国公使との交渉、監査担当の外国人選定を巡る英仏の対立、そしてアメリカが「中国の行政独立を損なう内容だ」として銀行団から脱退する事態(ウィルソン大統領の声明)などが相次ぎ、残る五か国は動揺しつつも団結を立て直し、条件をやや緩和して交渉を継続する。
- 最終的に利息年五厘、発行価格額面の九割・手数料六割を差し引いた実収八割四分、償還期間四十七年という好ましくない条件で総額二千五百万ポンド(邦貨約二万五千万円)の借款契約が成立し、四月二十四日に仮契約、二十六日に正式契約の署名が行われる。議院には諮られないまま決定された。
評語
- 国会が開会早々に党派争いで議長選出にすら二十日以上を費やす体たらくを批判し、その隙に袁総統が巨額の借款を国会に諮らず独断で成立させたことを厳しく非難する。国民の負担となる重い借款を勝手に浪費する専断ぶりに強い憤りを示す。