民國演義第二十一回 兇犯を訊して直言対簿し、律師を延き弁訟廷に盈つ (訊兇犯直言對簿 延律師辯訟盈庭)

犯人・武士英の供述

  • 駅員に指名された男は当初、自分は武士英と名乗り雲南で軍籍にあった者で、応桂馨とは旧知の間柄で訪ねてきただけと弁明するが、法租界の官憲は取り合わず拘束する。実は事件後も逃げず応の家に潜んでいたことが、かえって彼の破滅を招く。
  • 応桂馨が逮捕された夜、応行きつけの妓楼・李桂玉方にいた妓女・胡翡雲と武士英が、動揺のあまり応の自宅に様子を見に行き、そのまま現場に居合わせたことで拘束される。胡翡雲は応と客の関係にすぎなかったが、三日三夜応家に軟禁される。
  • 応宅から五連発拳銃と未使用弾二発が押収され、宋の体内から摘出された弾丸と型が一致し、凶器と断定される。
  • 会審の場で武士英はようやく本名は呉福銘、山西の出身で、共進会に誘われた経緯、「陳」という男から応会長の依頼として「ある人物を殺せば名利が得られる」と持ちかけられ拳銃を渡されたこと、駅で宋を狙撃した一部始終を供述する。報酬は千元の約束だったが実際に受け取ったのは三十元にすぎないとも語る。ただし「陳」の姓名や行方は曖昧にぼかす。

捜査の深化と黒幕への接近

  • 再訊問で武士英は「陳玉生」という名を口にするが、証言は前後で食い違い、買収を疑わせる動きも見える。
  • 応桂馨は英租界の官憲に押さえられ、フランス租界・イギリス租界間の管轄争いから、事件は公共租界の会審公堂に持ち込まれる。原告・中国政府代表・被告側それぞれに複数の西洋人弁護士がつき、審理は長期化する。
  • 江蘇都督程徳全・孫文・黄興らが協議する中で、応桂馨が江蘇巡査長に任じられた経緯には内務部秘書・洪述祖の推薦があり、洪は袁総統の側近と縁続きであることが語られ、黒幕の存在が示唆される。
  • 買収を受けたとみられる武士英は供述を翻し、単独犯行を主張するが、逆にその言い分自体が「政府に使嗾された」ことをにおわせる内容になっている。
  • 何者かが「神聖裁判機関」を名乗り、宋教仁・梁啓超・孫文・袁世凱・黎元洪・趙秉鈞・黄興らを名指しして断罪する怪文書や、国民党を脅す匿名の脅迫状が出回り、世論を混乱させる。
  • 応宅から押収された書簡により、洪述祖・国務総理趙秉鈞と応桂馨の間で暗号を用いた頻繁な連絡があったことが判明し、程徳全らが洪述祖の身柄拘束を政府に要請するが、洪はすでにドイツ租借地・青島へ逃亡した後だった。
  • 北京から派遣された者たちの動きも要領を得ず、劉揆一のように事情を察して辞職を仄めかす者も現れる。租界からの引き渡し交渉の末、事件は中国側官憲へ移されるが、まもなく武士英が拘置中に急死したとの報が届く。

評語

  • 武士英・応桂馨はいずれも操られた駒にすぎず、真の黒幕は別にいる。洪述祖・趙秉鈞らも決して賢明とは言えず、他人を利用して人を殺めさせるような梟雄の存在をこそ憎むべきだと説く。神聖裁判機関の怪文書や脅迫状も、同じ手による目くらましであろうと結ぶ。