民國演義第五回 彭家珍、宗社党を狙撃し、段祺瑞、請願団を率いて唱う (彭家珍狙擊宗社黨 段祺瑞倡率請願團)

袁世凱と孫文の電文往復

孫文は臨時大総統の地位を袁世凱に譲る意志を電文で伝えた。袁世凱は表向き固辞するが、孫文は「君主か民主かは既に定まった大勢であり、清室の安泰も含めてよい形にできるなら功を譲る」と返電し、袁に決断を促した。

慶親王への内密の説得

袁世凱は孫文の本気を悟り、慶親王の私邸を訪れて密談する。南京政府の整備状況や革命軍の勢いを説き、抗戦を続けても勝ち目がなく、清室の存続すら危うくなると脅す一方、「皇室優待」を条件に穏便な譲位を勧める。慶親王は動揺し、太后に奏上すると答えて袁を送り出した。

隆裕太后への説得

翌日、隆裕太后は袁世凱を宮中に召し、国体変更の利害を説かれる。太后は涙ながらに「母子の安泰と皇族の無事さえ保てれば」と袁に一任する。退出した袁の馬車は帰路、何者かが投げた爆弾に襲われるが袁自身は無事で、犯人3名(楊禹昌・張先培・黄之萌)は取り押さえられすぐに処刑された。誰の指図かは最後まで語らなかった。

彭家珍による良弼暗殺

袁世凱は皇族優待の条件をまとめ、太后に再び会議を開かせるが、禁衛軍を握る良弼だけは強硬に主戦を唱えて従わない。数日後、良弼は暗殺者に爆弾を投げつけられ重傷を負い、翌日死亡したとの報が入る。袁は表向き驚いた様子を見せつつ、内心は満足げであった。実行犯は四川出身の革命党員・彭家珍で、清の武官を装って良弼邸に近づき爆弾を投じたが、自らも爆風に巻き込まれ即死した。良弼の死後、遺族は困窮したが、故太守夫人の呉芝瑛の尽力でわずかな援助を受けたという。

満廷貴族の逃散と隆裕太后の孤立

良弼の死に恐れをなした満洲貴族たちは次々と天津・青島・大連の外国租界へ逃げ込み、莫大な私財を海外の銀行に移した。宮中には隆裕太后と幼い宣統帝だけが残された。

段祺瑞ら将領の共和推進の上奏

段祺瑞を筆頭に、姜桂題・張勲・王占元・曹錕ら数十名の将軍が連名で、共和政体を早急に定めるよう強く求める上奏文を提出する。北方の軍事情勢が逼迫し、これ以上の抗戦は国家瓦解を招くと説いた内容に、太后は号泣し、以後心労で臥せるようになる。ほどなく段祺瑞らが軍を率いて入京するとの報が届き、太后は重ねて袁世凱を召すよう命じる。

評語

著者は本回の出来事すべてを袁世凱の仕組んだ策謀と見る。袁自身への爆弾襲撃も、良弼暗殺も、表向きは他者の犯行とされたが、実際には袁が裏で手を回した結果ではないかと疑う。犯人らが誰にも指図の名を明かさなかったのも不自然であり、金で人を動かす袁の常套手段を思えば説明がつくとし、段祺瑞らの上奏も裏で袁の意を受けたものであろうと結論づけている。