民國演義第四回 民権を復し南京開幕す、和議に抗し北伐の師を興す (復民權南京開幕 抗和議北伐興師)
臨時政府の発足式
- 寧軍総司令・徐紹楨が各省代表を代表して孫文への祝頌文を読み上げる(内容要約:清朝専制の打倒と共和実現を讃え、孫文への信任と憲法遵守・権力濫用の戒めを述べるもの)。
- 孫文が答辞を述べ、副総統に黎元洪が当選する。内閣は総理を置かず、九部の総長・次長制(陸軍総長黄興、海軍総長黄鍾瑛、司法総長伍廷芳、財政総長陳錦濤、外交総長王寵恵、内務総長程徳全、教育総長蔡元培、実業総長張謇、交通総長湯寿潜、ほか各次長)を組織し、各省代表による参議院も設置する。
新政府の施策
- 外交面では清朝の対外債務・条約の継承、外国人保護、信教の自由を各国に通告する。
- 内政面では辮髪廃止、跪拝礼廃止、賤民身分(楽籍・惰民・蜑戸など)の撤廃、臨時軍律の制定(略奪・強姦・放火などを厳罰化)など共和制への移行策を次々に打ち出す。
- 教育制度も学堂を学校に改称し男女共学を認めるなど改革を進める。
南北和議の停滞
- 直隷・河南や東北・新疆・蒙蔵など、清朝支配下に残る地域や態度不明の地域が多く残っていることが課題として示される。
- 唐紹儀・伍廷芳の和議交渉で国体(君主制か共和制か)を巡り対立、国会招集の方法・開催地でも折り合わず、袁世凱は電報で唐の合意を覆し、唐は代表を辞任する。
- 南京臨時政府樹立・孫文就任の報に袁世凱は激怒し、伍廷芳に詰問電を送るが伍は正論で反論する。袁は各地の清軍に南下・攻撃を命じる一方、裏では唐紹儀を通じて伍廷芳との交渉も継続させる。
北伐の機運と宗社党の抵抗
- 山西・陝西方面で清軍の攻勢が続き、南京政府は五軍編成による北伐を決定し、孫文が北方将士に檄文を発する(内容要旨:革命の大義と民意の所在を説き、南北同胞の融和と共和国家建設への合流を呼びかける)。
- 檄文を受けて学生・女性団体まで巻き込んだ北伐熱が高まる一方、清の親貴(載濤・載洵・載沢・溥偉・善耆・良弼・鉄良ら)は「宗社党」を結成し徹底抗戦を主張、袁世凱の不忠を非難する動きも出る。
- 隆裕太后は動揺するが慶親王の勧めで袁世凱を侯爵に封じ慰留する(袁は爵位を固辞)。
- 袁世凱は密かに孫文へ「退位」を促す電報を送り、孫文は大局を優先して総統の地位を袁に譲る意向を示す返電を送る(実質的な禅譲の予告)。
評語
- 孫文の帰国・臨時政府樹立が拙速に見えても、国会成立を待っていては情勢が悪化するため、南方革命派の機敏な対応だったと評価する。
- 唐紹儀の辞任は表面上袁世凱との衝突に見えるが実際は歩調を合わせたものであり、袁は共和という近道を使って帝位への布石を打とうとしていたと分析する。
- 北伐の高揚も袁世凱を動揺させるには至らず、孫文の譲位の決断も南北の力関係を見極めた結果であると総括する。