舊唐書卷一百九十二 列傳第一百四十二 史德義

史德義

  • 史德義は蘇州昆山の人。咸亨初、武丘山に隠居し琴と書を楽しんだ。牛に乗り瓢を帯び郊外や市中に出入りし「逸人」と称された。高宗はその名を聞き洛陽に召したがまもなく病と称し東へ帰った。公卿以下がみな詩を賦して餞別し、德義も詩を返し、その文は美しかった。天授初、江南道宣勞使兼文昌左丞周興の推挙で則天に都へ召された際、詔で「虚玄を尚び貞確な操を持ち謙沖と孝友を兼ね備え、幾度も征辟を辞し隠棲を貫いてきたが、朕の治世に応じ来朝した、その風操は嘉すべく諫官に委ねる、朝散大夫とする」と称えられた。のち周興が誅されると德義もその推挙に連座し免官、朝散大夫のまま山へ帰され、以後の声望は隠居前より低くなった。