舊唐書卷一百八十七上 列傳第一百三十七上 安金藏
安金藏
- 京兆長安の人、太常工人。載初年、則天称制のもと睿宗が皇嗣とされ側近まで排除されていた中、金藏ら工人のみが近侍を許されていた。誣告により則天が来俊臣に皇嗣の謀反を鞫問させると、他の者が拷問に耐えかね自誣する中、金藏だけは屈せず「皇嗣の潔白を証すため自らの心を割く」と佩刀で胸を裂き五臓が飛び出すほどの傷を負った。則天は医師に縫合させ、回復した金藏に「私は子(睿宗)の潔白を明らかにできなかったが、お前は忠を示した」と嘆じ、鞫問を止めさせ睿宗は難を免れた。
- 神龍初年、母の喪に服し墓側で石墳・石塔を自ら造営、原上に湧泉が出て李樹が真冬に開花するなどの瑞祥が伝えられ、盧懐慎の上奏で門を旌表された。景雲中に右武衛中郎将、玄宗即位後は忠節を追慕され右驍衛将軍に抜擢、事跡を史官に記録させた。開元二十年(732年)代国公に封ぜられ東嶽の碑にも名を刻まれ、寿を全うして卒し兵部尚書を追贈された。