舊唐書卷一百八十七下 列傳第一百三十七下 張介然

張介然

  • 蒲州猗氏の人、本名は六朗。算術に長け河隴の郡守として王忠嗣・皇甫惟明・哥舒翰のもとで営田支度使を歴任、衛尉卿・行軍司馬を兼ねた。三品昇進の際、故郷への棨戟設置を願い許され、故郷に列戟した最初の例となった。少府監に抜擢された。
  • 安禄山が河洛に迫ると河南防禦使として陳留を守ったが、戦に不慣れな守備兵は賊軍十万の勢いに気圧され数日で陥落。玄宗が禄山の子慶宗殺害を掲示していたため激怒した禄山は投降兵万人を皆殺しにし、介然も軍門で斬られた。天宝十五載(756年)、工部尚書を追贈された。