舊唐書卷一百八十五下 列傳第一百三十五下 蔣沇

蔣沇

  • 萊州膠水の人、吏部侍郎蔣欽緒の子。孤高で学を好み、孝廉から洛陽尉・監察御史。兄演・溶、弟清と共に天宝中に吏事の才で知られた。長史韓朝宗・裴迥に信任され職務を公正に処理し、乾元後に陸渾・盩厔・咸陽・高陵の四県令を歴任、戦乱後の民を安撫した。郭子儀は行軍のたびに「蔣沇は清厳で供給に不足なく士卒に迷惑をかけるな」と軍吏を戒めた。
  • 長安令・刑部郎中・侍御史を兼ね渭橋河運出納使を領した。元載執政下で廉潔者は昇進が滞り、久しく郎位にとどまった。
  • 大歴十二年(777年)常袞の推挙で御史中丞・東都副留守、刑部侍郎・刪定副使、大理卿として法を明審に運用し称職とされた。
  • 建中元年(780年)冬、鑾駕が奉天に幸すると行在に馳せ参じたが賊に拘えられ、絶食を装い里閭に潜伏。京師平定後、右散騎常侍に抜擢され、まもなく七十四歳で病没、工部尚書を追贈された。