舊唐書卷一百八十 列傳第一百三十 張允伸

幽州長期支配

  • 張允伸、字は逢昌、范陽の人。曾祖張秀は檀州刺史、祖張巌は納降軍使、父張朝掖は太尉を贈られた。允伸は幽州軍門に仕え押衙・兼馬歩都知兵馬使に至った。大中四年、戎帥周綝の病により留後に推され、朝廷はその奏を許し右散騎常侍を加えた。その冬、旌節を賜り検校工部尚書に遷った。咸通九年、光禄大夫・検校司徒・兼太傅・同中書門下平章事・燕国公に累加された。
  • 十年、徐州の反乱に際し弟允皋の出兵討伐を願い出るも懿宗は許さず、允伸は助軍米五十万石・塩二万石を進上した。詔で称えられ錦彩・玉帯・金銀器などを賜った。冬、さらに特進・兼侍中を加えられ、十二年、風の病により医薬を求める上表をし許された。子簡会が検校工部尚書・節度副大使となった。十三年、允伸は再び上表して賜った旌節を返上したが、朝命が届く前の正月二十五日に卒した。享年八十八、再び太尉を贈られ謚は忠烈。
  • 允伸は鎮を治めること凡そ二十三年、勤勉倹約で毎年豊作が続き辺境も無事で軍民が治まり、今なお談者に称えられる。子は十四人。簡真は幽府左司馬で允伸より先に没し、簡壽は右領軍衛大将軍、他は朝籍に列するか刺史・郡佐となった。