舊唐書卷一百七十五 列傳第一百二十五 敬宗五子

敬宗の五子

  • 敬宗の五子は、悼懐太子普・梁王休復・襄王執中・紀王言揚・陳王成美である。

悼懷太子普

  • 悼懐太子普は敬宗の長子。母は郭妃。宝暦元年、晉王に封じられ、太和二年、年五歳で薨じた。上は深く哀惜し悼懐太子を追贈した。

梁王休復以下

  • 梁王休復。開成二年八月、詔で、王者が封土を分け子弟を建てるのは帝室を承衛し本枝を蕃茂させるためであり祖宗の成式を朕がどうして廃せようかと述べ、敬宗皇帝の第二子休復・第三子執中・第四子言揚・第六子成美はいずれも中和を体し敬慎を推し古典を学び師の言を守っているとし、封土を開き睦族の典を示すべきとして、休復を梁王、執中を襄王、言揚を紀王、成美を陳王に封じ有司に日を選び冊命させることとした。
  • 襄王執中は梁王と同時に封を受けた。第三男の采は楽平郡王。
  • 紀王は襄王と同時に封を受けた。

陳王成美――皇太子擁立の議

  • 陳王成美は紀王言揚と同時に封を受けた。開成四年十月、詔で、古の哲王は天下を有するに際し必ず国本を正し天序を承け儲貳を建て重離(皇太子)を主にしたと述べ、朕は寡昧ながら丕図を承け慎み恭しく大業を固めようと全懿を選ぶことに時を費やしてきたが、卿士が謀を献じ亀卜が吉を告げ少陽(東宮)の虚位を盛儀により埋めることを願うとし、列聖の恵みが我が志にかない選賢して立てることは無私を示すものであるとした。敬宗皇帝の第六男陳王成美は天が忠孝を与え日々徳を新たにし温文優雅・謙敬保和、端明の体度に礼を尽くし『詩』『書』の辞訓を尊び言行が礼に則り仁に違わないとし、旧章に照らし成命を欽んで匕鬯(宗廟の祭器)を授け粢盛を奉じさせるべきとし、硃邸の栄を回して青宮(東宮)の重責を践ませ皇太子に立てるとし、有司に日を選び冊命させるとした。荘恪太子が薨じて以来、将相大臣や言官が数ヶ月にわたり面陳し、上はついに陳王を立てるよう命じたが、冊礼を行う前に取りやめとなり、その年、籓邸で没した。第十九男の儼は宣城郡王。