舊唐書卷一百六十二 列傳第一百十二 崔戎
経歴
- 崔戎、字は可大。高伯祖の崔玄暐は神龍初に大功があり博陵郡王に封じられた。祖父の嬰は郢州刺史。父の貞固は太原榆次尉。戎は両経で及第し太子校書を授けられ、銓試を経て藍田主簿を授けられ藩鎮の名だたる方々に度々招かれた。
- 裴度が太原を領する際、参謀に招かれた。当時王承宗が鎮州に拠って反乱していたが、度は戎に単身赴いて諭すよう求め、承宗は感涙して教えを受けた。朝廷に入り殿中侍御史となり吏部郎中に累進し諫議大夫に遷った。まもなく剣南東西両川宣慰使となった。西州は異民族の侵攻直後にあったが、戎は宣撫すると共に税制を再定し廃置を適切に行い公私ともに便利になった。帰還すると給事中を拝命し、その反駁の奏は当時称えられた。華州刺史に改まり兗海沂密都団練観察等使に遷った。出立にあたり州の人々は名残を惜しんで道を塞ぎ、靴を脱がせたり車の踏み板を断ち切ったりして引き留めようとする者もいたという。兗州を治めること一年、太和八年五月(834年)に没した。礼部尚書を追贈された。