舊唐書卷一百六十 列傳第一百十 宇文籍

経歴

  • 宇文籍、字は夏亀。父の滔は官位が低かった。若くして学を好み特に『春秋』に通じた。竇群が処士から右拾遺に召された際、自らの代わりに籍を推薦し、これにより名を知られた。進士に及第。宰相武元衡が西蜀に出鎮すると従事に招かれた。咸陽尉として直史館となり韓愈とともに『順宗実録』を修め監察御史に遷った。王承宗が反乱した際、詔でその弟駙馬都尉承系を捕らえることとなったが、その賓客の中に誤って連座した者がいた。また蘇表が淮西討伐の策を宰相武元衡に売り込んだが元衡は用いなかった。籍が以前の従事であったことから表を召して尋問させたが、籍は表と親しくなってしまった。元衡は怒り籍は江陵府戸曹参軍に貶された。任地に着くと節度使孫簡がその才を重んじ幕府の職事を兼ねさせようとしたが、籍は「私は君命によって貶されたのだから、また君命によって昇進すべきです。安易に栄誉を借りるのは望むところではありません」と辞退した。後に任期を終えると連続して幕府に招かれ、朝廷に入り侍御史となり著作郎に転じ駕部員外郎・史館修撰に遷った。韋処厚・韋表微・路随・沈伝師とともに『憲宗実録』を修めた。まもなく本官のまま知制誥となり庫部郎中に転じた。太和中、諫議大夫に遷り史筆を専ら掌り知制誥を罷めた。
  • 籍は性格が簡素で交際は少なく、経史を愛好し著述に精通し、風格は厳正で時人に推重された。太和二年正月(828年)に五十九歳で没した。工部侍郎を追贈された。子の監は大中初に進士に及第した。