舊唐書卷一百五十一 列傳第一百一 朱忠亮

朱忠亮

  • 忠亮、本名士明、沛州浚儀の人。薛嵩に仕えた後、大歴中、普潤縣に鎮し屯田を掌った。朱泚の乱では麾下四十騎で奉天へ駆けつけ、徳宗に東陽郡王・「奉天定難功臣」の称を与えられた。徳宗の南幸に際し虜騎に捕えられ長安に囚われたが、賊平定後に李晟が解放し渾瑊に推薦、定平鎮都虞候となり鎮使李朝采の死後に代わった。憲宗即位で御史大夫、臨涇城築城の功で檢校工部尚書・涇原四鎮節度使、名を賜った。涇の地は子を売る風習が多く、忠亮は俸給で約二百人を買い戻し親元に帰した。元和八年卒し贈右僕射。