舊唐書卷一百四十四 列傳第九十四 尉遲勝
於闐王の宿衛
- 勝は於闐王珪の長子で若くして即位。天寶中、入朝し名馬・美玉を献じ玄宗に宗室女を娶らされ右威衛將軍・毗沙府都督として帰国。高仙芝と薩毗播仙を破り銀青光祿大夫・鴻臚卿に進んだ。
- 至德初、安祿山反乱の報に弟の曜に国事を託し兵五千を率い赴難、国人は勝の少女を人質として引き止めた末に出発を許した。肅宗は特進・兼殿中監として厚遇。廣德中、驃騎大將軍・毗沙府都督・於闐王に任じられ帰国を命じられたが宿衛への留任を願い、開府儀同三司・武都王(実封百戶)となり本国王位は弟曜に譲った。
- 建中末、奉天へ扈従し兼御史中丞、右領軍將軍・右威衛大將軍・睦王傅を歴任。貞元初、曜が兄への王位返還を上表したが、勝は自子の銳が国俗に不慣れとして固辞し、兄弟の譲り合いは称賛された。原王傅として六十四歳で卒、貞元十年に贈涼州都督。子の銳が跡を継いだ。