洪秀全演義第二十九回 銭東平涙を揮い翼王を送り、林鳳翔計を定め淮郡を取る (錢東平揮淚送翼王 林鳳翔定計取淮郡)

韋昌輝の自首と天王の苦悩

  • 韋昌輝は東王誅殺の始末を天王に自ら報告し、死罪を願い出た。天王は同室の争いを憂え、東王配下の李秀成・林鳳翔らが動揺し内乱に乗じられることを懸念する。
  • 錢江は、東王には誅殺されるべき罪があり北王には専断で殺す権限はなかったという二点を指摘しつつ、李秀成・林鳳翔・李開芳は東王の党ではないので心配無用とし、吉文元・楊輔清だけが懸念材料と分析。吉文元軍には羅大綱を援軍と称して監軍として派遣するよう進言し、天王はこれを実行した。

東王一族殺戮の露見と石達開の激怒

  • 韋昌輝の弟・韋昌祚が独断で東王一族五十余人を皆殺しにしたことが発覚。石達開はこれを知って激怒し、韋昌輝を厳しく糾弾。金陵の民心は動揺し、楊秀清派は石達開と北王が共謀したとの噂まで流れる。
  • 錢江は、東王の罪状を布告し、翼王は北王とは無関係であるとして北王の官爵を剥奪し、実行犯(東王一族殺害の下手人)を処罰することで事態を収めるべきと進言するが、天王は東王の罪を公にすることも北王を殺すことも望まず決断できずにいた。
  • 洪仁達(天王の兄)は石達開こそ黒幕だと言い立てて陥れようとし、錢江はこれを聞いて洪仁達が石達開を嫁害しようとしていると見抜き、天王に翼王の処遇を優先して考えるよう求めた。

石達開の離反と入蜀

  • 石達開は錢江から洪仁達の中傷を聞き、金陵に留まる意欲を失う。錢江の慰留にもかかわらず、四川を根拠地として独自に自立する構想を語り、辞去した。
  • 翌日、石達開は入蜀を天王に上奏。天王は錢江の意図かと疑いつつも、翼王と洪仁達の不和を解消する好機、また四川平定が陝西・湖北への足がかりになるとの思惑から許可し、達開は老萬営など六万の兵を率いて出発の準備を進めた。
  • 錢江はこれを聞いて仰天し、天下の大勢は北京こそ要(首)であり四川などは四肢に過ぎず、翼王の兵力を割くべきでないと天王に説くが、既に達開は出発態勢に入っており、天王が撤回を命じても達開は軍令は既に定まったとして応じなかった。
  • 天王の再度の命で「湖北を経て黄河を渡り林鳳翔と合流せよ」との指示が出されたが、達開は返答しなかった。錢江は達開に長文の書簡を送り、北王の誅殺は私意ではないこと、東王の冤罪はいずれ晴らされること、北伐の大計を優先すべきことなどを切々と訴えたが、達開配下の諸将は自立を望み、武昌からの報告も四川攻略の好機を説いたため、達開の決意は変わらなかった。
  • 達開は天王に、入蜀も国家のためであり離反ではないと弁明しつつ、李秀成の金陵帰還と錢江の重用を進言したうえで四川へ向け出発した。

錢江の発病と各地の動揺

  • 石達開の出発後、天王は沈み込み、錢江も左腕を失ったかのように衝撃を受けて吐血し、一月余り病に伏した。
  • 東王誅殺の報は各地に広まり、清軍は好機とみて攻勢を強めた。武昌方面は李秀成の防備で持ちこたえたが、安徽では鮑超・舒興阿・李続賓・彭玉麟・楊載福らとの攻防が一進一退となった。
  • 東王の弟・鎮江守将楊輔清は激怒し金陵への反攻を企てるが、部将温十八に「名分が立たず、東王一族殺害は北王の口実をむしろ強めるだけ」と諫められ思いとどまる。楊輔清は林鳳翔と結んで挙兵しようと考え、温十八を使者として派遣した。

林鳳翔の対応と軍の統制

  • 揚州平定後、北伐を進めていた林鳳翔は東王誅殺の報に動揺する諸将を集め、「殺したのは天王の意志ではなく北王の独断であり、朝廷が必ず処置する」と諭して軍を鎮静させ、淮陽国境に大営を敷いて情勢を見守った。
  • 訪ねてきた温十八に対し、林鳳翔は同室の争いに乗じられれば清軍に付け入られると説き、楊輔清の私憤による反乱を強く制止。北王の処置は錢江が判断すべきことであり、東王一族の党の動き次第で北王の扱いも変わると分析し、公事を優先するよう伝えた。楊輔清はこれを聞いてもなお悲憤にくれるが、ひとまず矛を収めた。

淮河方面の攻防と清河・淮北の攻略

  • 林鳳翔は錢江に東王一族殺害の非を訴える書を送り、錢江も内乱を刺激しないよう慎重を促す返書を送った。林鳳翔は李開芳・吉文元にも公義を優先するよう働きかけ、北伐の意志を固めて揚州から清河・淮安方面へ進軍した。
  • 清側では勝保が東西両王の内訌に乗じて揚州を攻める好機を琦善に進言していたが、琦善は動かず機を逸した。清河が林鳳翔に攻略されると、琦善・勝保は淮安の防衛方針をめぐって議論し、結局籠城策を取った。
  • 林鳳翔は朱錫琨に偽装退却を命じて清軍を油断させ、清軍が守りを緩めた隙に夜間強行軍で淮北城外へ接近。地下道に仕掛けた火薬を爆発させて城壁を大きく崩し、混乱に乗じて一気に攻め落とした。琦善は雑兵に変装して逃亡し、勝保も林鳳翔・曾立昌・朱錫琨の猛攻に支えきれず北へ敗走。淮北は太平天国軍の手に落ちた。

評語

末尾の対句は「老将の激戦が幽燕の要害を揺るがし、賢将の用兵が儒将としての手腕に驚かせた」と述べ、林鳳翔の采配の巧みさを称えている。