出自と生業
- 厳遵、字は君平、蜀の人。隠居して仕官せず、常に成都の市で卜占を売り、百銭を得れば自ら満足してそこで店を閉じ、簾を下ろして著述に専念した。
楊雄との交わりと官への招き
- 楊雄は若い頃から彼のもとに学び、その徳をたびたび称えた。
- 李強が益州の牧となった際、「私は君平を従事として得られれば十分だ」と喜んだが、楊雄は「礼を尽くして会見することはできても、その人を屈服させることはできない」と言った。
- 王鳳が交わりを求めたが許さなかった。
羅沖との問答
- 蜀の富人・羅沖が君平に「なぜ仕官しないのか」と問うと、君平は「自ら発する術がない」と答えた。
- 沖が君平のために車馬・衣服・食糧を用意しようとすると、君平は「私は病んでいるのであって、足りないのではない。私には余裕があり、あなたには不足がある。どうして不足した者が余裕のある者に施すのか」と言った。
- 沖は「私には万金があり、あなたには一石の蓄えもないのに、余裕があると言うのはおかしくないか」と反論した。
- 君平は答えた。「そうではない。私が以前あなたの家に泊まった時、人々が寝静まっても働きはやまず、昼夜あくせくして満ち足りることがなかった。今、私は卜占を業とし、寝床を離れずとも銭が自ずと集まり、なお数百銭が余り、埃が寸ほど積もっても使い道がない。これが私に余裕があり、あなたに不足がある証ではないか。」
- 沖は大いに恥じ入った。
- 君平は嘆じて「私の財を増やすものは私の精神を損ない、私の名を生むものは私の身を殺す。だから私は仕官しないのだ」と言った。当時の人々はこれに感服した。