高士傳卷二 王生

出自

  • 王生は漢の文帝・景帝の頃の人。黄老の学に長じ、隠退して仕官せず、南陽の張釈之と親交があった。

張釈之の窮地を救う

  • 釈之が公車令であった時、太子と梁王が同じ車に乗って参内し、司馬門で下車しなかったため、釈之は太子・梁王の不敬を弾劾して奏上した。文帝はこれを善しとし、釈之を廷尉に昇進させた。
  • 文帝が崩じ太子が即位して景帝となると、釈之は恐れて病と称し辞任しようとした。大きな罰が下ることを懼れたのである。
  • 詫びに参内しようにもどうすればよいか分からなかったが、王生の策を用いてついに参内し景帝に詫び、景帝はこれを咎めなかった。

王生の真意

  • 王生はかつて釈之ら公卿の集まりの席で、庭中に立ったまま襪(足袋)の紐がほどけたと言い、釈之に「私の襪を結んでくれ」と頼んだ。釈之は前に進み跪いてこれを結んだ。
  • 退出後、ある人が王生をとがめて「なぜあのように廷臣の前で張廷尉を辱め、跪いて襪を結ばせたのか」と言った。
  • 王生は答えた。「私は老いて身分も低く、自分では張廷尉に益することがないと思っている。張廷尉は今や天下に名高い臣である。私はあえて廷尉を煩わせ跪いて襪を結ばせることで、彼の名声を重んじたかったのだ。」
  • これを聞いた諸公は皆、王生を賢しとし、張廷尉をますます重んじた。