高士傳卷二 田何
出自と易学の伝授
- 田何、字は子荘、斉の人。孔子が『易』を授けて以来、五代を経て田何に至った。
- 秦が学を禁じた際、『易』は卜筮の書とされ禁令の対象外となったため、田何は伝えることを絶やさなかった。
漢での教授と晩年
- 漢が興ると、田何は斉の田氏一族とともに杜陵へ移り、杜田生と号し、『易』を弟子に授けた。東武の王同子仲、洛陽の周王孫・丁寛、斉の服生らは、いずれも当世に名を上げた。
- 恵帝の時、田何は老いて家が貧しく、道を守って仕官しなかった。帝は自らその庵を訪れて教えを受け、田何は終に『易』の宗として仰がれた。