高士傳卷二 漁父

屈原との問答

  • 漁父は楚の人。楚が乱れると名を隠して長江のほとりで釣りをして暮らした。
  • 楚の頃襄王の時代、屈原は三閭大夫として諸侯にその名を知られていたが、上官靳尚に讒言され、王の怒りを買って長江のほとりに放逐され、髪を乱して沢のほとりを彷徨いながら詩を吟じていた。
  • 漁父はこれを見て「あなたは三閭大夫ではありませんか。どうしてこのような姿に」と尋ねた。屈原は「世を挙げて濁っているのに私だけが清く、人々が皆酔っているのに私だけが醒めている。それゆえ追放されたのだ」と答えた。
  • 漁父は「聖人は物事に固執せず、世とともに移り変わるものです。世が濁っているなら、なぜその波を高くし、泥を掻き立てないのですか。人々が皆酔っているなら、なぜ酒粕を食べ薄酒を飲まないのですか。なぜ美しい玉を抱きながら、自ら追放される道を選んだのですか」と問い、歌って「滄浪の水が清ければ我が冠の紐を洗い、滄浪の水が濁れば我が足を洗おう」と述べ、深山に去って自ら身を隠し、誰もその行方を知らなかった。