高士傳卷二 陳仲子

兄の禄を不義として捨てる

  • 陳仲子は斉の人。兄の戴は斉の卿となり万鐘の禄を食んでいたが、仲子はこれを不義とし、妻子を連れて楚に赴き、於陵に住んで自ら「於陵の仲子」と称した。
  • 困窮しても不当な求めをせず、不義の食は口にしなかった。ある年飢饉に遭い、三日食を絶ったとき、井戸端に這って行き、李の実を食べる虫が食い残した実を三口食べて、ようやく視力を取り戻した。自ら草履を編み、妻は麻を紡いで衣食に換えた。
  • 楚王はその賢を聞き宰相に迎えようと、使者に黄金百鎰を持たせて於陵の仲子を招いた。仲子は家に入り妻に「楚王は私を宰相にしたいという。今日宰相になれば、明日には車馬を連ね、前に食が並ぶ暮らしになるが、それでよいか」と尋ねた。
  • 妻は「あなたは左に琴、右に書を置いて楽しんでおられます。車馬を連ねても膝を容れる広さがあれば十分、前に食が並んでも味わうのは一切れの肉に過ぎません。膝を容れる安らぎと一切れの肉の味のために楚国の憂いを背負えば、乱世は害多く、先生の命が危ういのではありませんか」と答えた。
  • そこで仲子は使者に断りを告げ、夫婦で逃れて他人の庭の水やりをして暮らした。