高士傳卷一 曾參

出自

  • 曾參は字を子輿といい、南武城の人。仕官せずに諸国を巡り、衛に住んだ。

極貧の暮らし

  • 綿入れの上着は表地もなく、顔色はむくみ、手足には胼胝ができていた。三日も火を起こさぬこと、十年も着物を新調しないことがあり、冠を正せば紐が切れ、襟を掴めば肘が見え、靴を履けば踵が破れるという有様であったが、縦(わらぐつ)を曳きながらも歌っていた。
  • 天子も臣とすることができず、諸侯も友とすることができなかった。

魯の哀公の招きと辞退

  • 魯の哀公はその賢を認め、邑を与えようとしたが、曾參は「人から受ければ常に人を畏れることになり、人に与えれば常に人に驕ることになると聞く。たとえ君が私に驕らずとも、私に畏れがないと言えようか」と述べて辞退し、最後まで受けなかった。のちに魯で没した。

  • 孝行者であった子輿は、道を泗水のほとりに究めた。その浩然の気は驕る者を戒めるに足るものであった。都邑を得ることを楽しまず、高位高禄も心を動かさなかった。ひとり静かに真理を語り、その名は千年を越えて輝いている。