金史卷一百三 列傳第四十一 完顔霆
段階
- 中都寶坻の人、粗野ながら書を知り騎射に優れ財を軽んじ施しを好んだ。貞祐初め四鄉部頭として義兵を糾合、劉璋の招降誘惑を退け使者を経略司へ送り届けた。弟雲と共に固安・永清間を巡邏、玉田・三河・香河の三県を奪回。孫江の裏切りを見抜き偽書計略で孫江を除いた。
- 濱棣行軍都提控として泰安・滕・兗の土寇(石花五・夏全ら)を降し、朐山の宋軍撃退では暗橋作戦(湖港を渡る奇襲)で高太尉・彭元帥を斬った。夜襲による城陥落の危機も温特赫伍爾らの奮戦で凌いだ。定国軍節度使、京兆府同知を歴任、元光元年(1222年)南山への遷避民の安撫使として卒去。