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金史
卷一百 列傳第三十八 宗端修
段階
字は平叔、汝州の人。章宗が睿宗の諱を避けて宗氏を姫氏に改めたが端修は元の宗姓のまま記される。大定二十二年(1182年)進士、承安元年(1196年)監察御史として李仁惠・喜児兄弟(元妃李氏の縁者)の専横を弾劾。四年(1199年)再度上書し宰相の忌避を受け一時削官されたが、章宗は「衆に容れられぬのは端修が正しいから」として赦免。大理司直、大理丞を歴任、赫舎哩執中の陳言事件処理で自身も連座し降格。妻死後二十年独居を貫き士論に評価された。
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