金史卷一百 列傳第三十八 孟鑄

段階

  • 大定末、尚書省令史。明昌元年(1190年)御史台が李献可ら十一人と共に剛正な人材として推挙され、刑部主事から歴任し中都路按察副使、南京副留守、河平軍節度使を経て泰和四年(1204年)御史中丞。区種法(畦種法)を提案し飢饉対策に用いられた。大興府知事赫舎哩執中の過悪を弾劾する上奏(罪状を列挙)を行い、章宗は当初庇ったが後に納得した。
  • 宋との緊張時、宋使への諭旨を伝える役、提刑司の按察司改称に伴う制度議論に参与。永豊庫の盗難事件で御史台の職務怠慢を指摘、宿直制度の整備を進言。至寧元年(1213年)再び御史中丞、赫舎哩執中の乱で問責されたが赦され、まもなく卒去。