金史卷九十七 列傳第三十五 張亨

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  • 字は彦通、大興漷陰の人。皇統六年(1146年)進士、鉅鹿・宜川令などを歴任、戸部尚書に至る。世宗が張亨と馬惠廸の優劣を張汝霖に問うと「亨は吏才極めて高い」と評された。上京巡幸時の運銭策で会子(会便)法の使用を提案し民力を節約。絳陽軍節度使を経て、章宗即位後は河東南北路提刑使兼勧農採訪事として十三事を献策。泰和二年(1202年)享年七十八で卒去、才識強敏で吏事に明達と評された。