金史卷九十五 列傳第三十三 尼馬哈鑑
段階
- 隆州の人、女直・漢字に通じ大定十三年(1173年)進士。国子助教、近侍局直長を歴任、世宗に「有用の新進士」と評された。太子侍丞として東宮を保護し、章宗に「純厚な旧俗を保つ」と評された。戸部侍郎兼翰林直学士、大興府知事を経て明昌五年(1194年)参知政事に至り薨去、諡は文肅。
史論
- 伊喇履は従容として説き君の信を得、経学を論じて純ら孝行を治の本とした。臧孫達の忠諫を思わせる。張萬公は正しく己を守り実直に発言し、壕塁開築・括地の議論では利害を明察した。富察通の海陵への哭泣は君臣大義に生死を一にしたもので、その志は烈しい。程輝・額特埒の鯁直、劉瑋・董師中の通敏はいずれも聞こえるに足るが、師中には附胥(胥持国への迎合)の譏り、劉瑋には避事の責がある。王蔚・馬惠廸の輩は取るに足りない。