金史卷九十一 列傳第二十九 敬嗣暉

段階

  • 字は唐臣、易州の人。天眷二年(1139年)進士、海陵に才弁を愛され簒立後に諫議大夫・吏部侍郎・左宣徽使を歴任。世宗即位後は巧佞さを嫌われ降格されたが丹州刺史として起用され直された。宗廟禘祫の礼を巧みに主導し、参知政事に至り薨去。

史論

  • 趙興祥・舒穆嚕榮は流離艱難の中から身を起こし業績を立てたが、これは人物の卓越と時運の両方によるものであろう。世宗が声技を退け庖人を減らす仁愛を実践したことで、臣下も奮起したのである。