☰ メニュー
金史
卷九十一 列傳第二十九 富察世傑
段階
ハスハン鄂都河の人、剛力で知られる。海陵の護衛となり「兄弟殺害の密命」を拒否したが罪を問われなかった。正隆四年(1159年)伐宋の徴兵で海蘭路の徴兵数を意図的に抑え「高麗への備え」を理由に説明、海陵に評価された。北辺の契丹叛乱を予見し南伐延期を進言したが容れられなかった。伐宋での数々の戦功(陝州攻略・虢州復奪など)を挙げ、通逺軍節度使に至る。少貧しく財を軽んじ、士卒への掠奪禁止を常とした人柄で知られた。
← 卷九十一 列傳第二十九 楊仲武
卷九十一 列傳第二十九 蕭懐忠 →