金史卷八十四 列傳第二十二 白彦敬
世宗への帰順を渋った将
- 博勒和部族の人。元帥府令史から都元帥府知事として招諭の功で兵部郎中に抜擢、刑部侍郎として誣告事件(開府慎思の謀叛疑惑)を鞫問し実情を明らかにした。海陵に評価され簽書樞密院事・吏部尚書・南征万戸を歴任、契丹薩巴の反乱鎮圧では北面行営都統として派遣されたが、南征軍の逃亡兵が東京で世宗を推戴しようとする動きが伝わると、志寧とともにこれに与せず、世宗の使者伊德を拒絶して殺害するなど帰順を渋った。だが完顔黙音の攻撃を受け、世宗が官賞での懐柔を掲げると降り、御史大夫として斡罕討伐の馬の調達などに功を挙げ河中尹に至り大定九年官のまま卒した。