金史卷八十一 列傳第十九 耶律懐義
西方経略の長老
- 遼宗室の子。二十四歳で戦功により同知点検司事、宗翰の西京攻略後、遼主の夏への逃亡を諫めるも聞かれず、自ら遼主の厩馬を盗んで帰順した。西南路招討使として辺境の都市建設・通商振興を進め、宗翰の伐宋では馬邑・鴈門攻略、文水攻防戦での宋軍情報収集による奇襲、汾州・平陽・澤潞攻略、汴京包囲戦にも従軍した。西陲を十年近く治め、去る際は民が道を塞いで慕ったという。太原尹・中京留守を経て老齢で致仕を願い続け、海陵即位後は漆水郡王・莘王・蕭王・景國公を歴任、八十二歳で雲中で卒した。