金史卷八十一 列傳第十九 髙彪
東京から江南まで転戦
- 辰州渤海の人。父禄格の代わりに従軍し珠赫店の戦で武名を挙げ、斡魯の東京攻略で招降に功があった。都統杲の中京攻略、奚人討伐、宗望の平州・伐宋従軍(真定・汴京攻略、河朔での連戦)、宗弼の江南攻略(康王追撃、黄天蕩での敵舟撃破)、陝西攻略(廓州攻略の夜襲)、和尚原・仙人闗攻略にも従軍。日に三百里を進む俊足と、重鎧をまとって険を飛ぶような身のこなしで知られ、少数で多数を破る戦を重ねた。斉国廃止後は滕陽軍以東諸路兵馬都統として徐宿曹単の撫諭にあたり、武寧軍節度使では贓罪に問われたが海陵にその勲旧を惜しまれ杖罰で赦された。京兆尹・郜國公・武定軍節度使・歸徳尹などを歴任、正隆例で金紫光禄大夫、致仕後樞密副使・舒國公として名を彪と賜り六十七歳で卒し桓壮と諡された。機巧で音律に通じ、貴賤を問わず温顔で人に接したという。