金史卷七十九 列傳第十七 孔彦舟
残虐な降将
- 相州林慮の人。無頼の徒として盗を働き、宋の靖康初め兵馬鈐轄となったが再び民を掠奪して河を渡り、齊に帰属して劉麟の伐宋に従軍、齊国廃止後は宗弼の河南平定で鄭州・登封の攻略に功を挙げ、江南攻略では濠州攻略の先鋒を務めた。工兵部尚書・河南尹・廣平郡王に至ったが、正隆例で降格され南京留守となった。好色で残虐な逸話(妾の生んだ娘を苦しめて自分の子でないと言わせ改めて妾にした等)が伝わる一方、濠州攻略時に諸軍が捕虜を皆殺しにする中、彦舟だけは殺害を禁じ数千人を助命したことで称えられた面もある。正隆五年(1160年)南京留守在任中に病没した際、朝臣が誤って死去を伝えたことに海陵が激怒して杖罰を科す一幕もあった。享年五十五。