金史卷七十九 列傳第十七 李成

勇猛な降将

  • 雄州歸信の人。宋の武挙で頭角を現し盗賊化して江南を荒らしたが宋軍に破られ齊に帰属、知開徳府・安武軍節度使を歴任した。降将の中で最も勇猛と評され、軍紀厳格で臨陣では常に先頭に立ち士卒への配慮も厚かった。反逆の讒言を受けた際、宗弼はその誣告を見抜き、成に自ら(讒言者を)処罰させただけで済ませた。宗弼の河南再定に従い、宋の李興を孟津・洛陽で撃破し河南平定に貢献、河南尹・都管押本路兵馬に至ったが、官の余剰粟の私用が発覚し解職、正隆間に真定尹・郡王・済國公として再登用され六十九歳で卒した。