金史卷七十七 列傳第十五 張邦昌
宋の傀儡帝
- (宋史に伝あり)天会五年、宗望軍が汴を包囲した際、宋少帝が三鎮割譲・歳幣・納質を条件に和議を求め、邦昌は宋の太宰として肅王樞とともに人質となった。宋少帝の裏切り(耶律伊都への密書)が発覚し宗翰・宗望が再伐、二帝を捕えて帰った。劉彦宗が趙氏の再興を願い出たが太宗は許さず、宋吏部尚書王時雍らの推挙により天会五年三月、邦昌が大楚皇帝に立てられた。康王構が即位すると邦昌は勧進の功をもって迎えられたが、隠された過去の事実を理由に殺害された。太宗はこれを聞いて大いに怒り宋への再征を命じた。その後、太宗は劉豫を立てて邦昌の号(大齊)を継がせた。