金史卷七十五 列傳第十三 毛子亷

臨潢の武才

  • 臨潢長泰の人。遼末の盗賊蜂起に応募し功を挙げ東頭供奉官を授かった。天輔四年、招諭に応じ二千六百戸を率いて帰順、盧彦倫の怒りを買い妻子を殺されたが、追撃の敵騎を撃退しその健将孫延寿を生け捕った。上京副留守を長く務め、遼王宗幹が「子亷の功は盧彦倫の十倍、なぜ下位に置くのか」と問い質すほどの評価を得、寧昌軍節度使に至った。海陵の熙宗弑逆を聞くと「国王(宗幹)の定策の功を忘れたのか」と嘆き致仕、大定二年卒した。