金史卷七十 列傳第八 宗亨

西北討伐と失策

  • 天輔初め宗室子として護衞に充てられ、宗磐・宗雋を擒えた功で校尉に進み、各地の刺史・転運使を歴任した。海陵南伐時は武陽軍都総管、世宗即位後は右宣徽使、西北路兵馬都統として契丹賊討伐にあたったが斡罕との戦いで七穆昆軍とともに失利し、その後の追撃でも詐降した瓜里札巴に欺かれ軍紀が乱れたため寧州刺史に降された。