金史卷六十六 列傳第四 珠嚕

太祖朝の武功の臣

  • 珠嚕は宗室の子で、鄭王烏色に従い高麗を海蘭で破り雅魯城を取り、寧江州を収め、黄龍府を得た。珠赫店の役・達嚕噶城の役・呼岱巴岡の役でいずれも力戦し功を挙げ、東京降伏後は招安副使として遼兵を破り通古営を破った。蘇州の漢民が叛走した際は追撃してこれを復し穆昆となった。天輔4年、41歳で卒し、皇統中に鎮国上将軍を追贈された。
  • 呼實哈は宗室の子で、太祖の寧江攻めに従い達嚕噶城で遼兵を破り遼主の親兵をも破って功があった。遼軍が済州救援に来た際、兄実古納とともに迎撃してこれを破り、済州攻めでは流矢を受けながらも戦い、その城を落とした。軍中でその勇を称えられ、春泰州攻略・境内諸部族の降伏に従い、抵抗する部族はことごとく攻略した。遼主西走の際は中京まで追撃し宮人・輜重800を獲た。薩納噶が再び叛くと兵500で追撃しその一族を捕らえた。徳州が叛くと兵5千でその城を破り、羅索と居庸関以南で敵兵2万を破って歸化を降し、居庸関及び燕の属県・山谷諸屯を取った。伊実部が降伏後再び叛くと追撃して多くを俘にした。澤州の逃亡者を復し、臨潢の叛人を破ってその酋領を誅し人民を安撫した。天眷2年、永定軍節度使、武定軍に改め汴京留守に徙され、天徳3年に世襲明安を授かり68歳で卒した。