巫言による予兆と非業の死
- 昭祖は久しく子がなく、霊験あらたかな巫者に祈ったところ、巫は「男児の魂が至った、この子は厚く福徳を有し子孫は栄えるだろう、生まれれば烏古鼐(後の景祖)と名付けよ」と告げ、続いて女児の魂(烏延)、また女児の兆(烏達布)を告げ、さらに久しくして「男子の兆が再び現れたが、性質は馴らし難く長ずれば残忍で親愛の情を欠き、不義を行うだろうから受けるべきではない」と告げた。昭祖は後嗣が定まらないことを案じ「不良でも願わくば受けたい」と述べ、巫は「烏肯徹と名付けよ」と告げた。果たして二男二女がその順に生まれ、いずれも巫の予言どおりであった。
- 景祖の即位後、烏肯徹は酒に酔ってしばしば道理に背いたため、威順皇后は「巫の言が的中した、悖乱の人はついに留めておけない」として景祖と諮り彼を殺した。部人は「この子の性質はこうであっても国俗では父母の業を継ぐべき立場、なぜ殺すのか」と怒り、景祖を殺そうとしたが、皇后は景祖を匿い、衆に向かって「子として母に背けば行く末をどうするのか、私が愛を割いて殺したのであり烏古鼐は知らないことだ、汝らはむしろ私を殺せ」と述べ、衆はようやく引き下がった。烏肯徹の子希卜蘇には別に伝がある。