金史卷六十五 列傳第三 伯赫
世祖への謀反と非業の最期
- 伯赫と同母弟2人は幼少より飲食を争って昭祖に嫌われ、「この妾を娶って生まれた子がこうであるなら後に子孫の患いとなろう」と言われていた。世祖の初年、伯赫は果たして異志を抱き、和諾克・薩克達・烏春・烏木罕を誘って部属を離間させ世祖に叛かせようとした。世祖はこれを厚遇して貝勒とはしたが兵は預けなかった。伯赫が和諾克・烏春と密謀していることは国人が皆知っており、童謡にも「生きたければ伯赫に付け、死にたければ和哩布・頗拉淑に付け」との歌があった。世祖も策を用いて兄弟・部人の向背を探った。
- 烏春・和諾克が相次いで兵を挙げて攻めてきた際、世祖は外は強兵に対しながら内は伯赫の変を恐れていたが、伯赫がその愛妾の父の家で食事中に喉を詰まらせて急死したと聞き、世祖は喜びと悲しみを共にしながら遺骸を迎えて哭した。