金史卷六十四 列傳第二 章宗欽懐皇后

章宗欽懐皇后

  • 富察氏、上京路和碩河の人。曽祖父の特克は建国の功があり官階を累ねて光禄大夫に至り司空応国公を贈られた。祖父の阿古岱は特進に至り司徒譙国公を贈られた。父の鼎寿は熙宗の鄭国公主に尚い駙馬都尉となり、中都路の温図琿山明安・和碩穆丹の世襲穆昆を授けられ官を累ねて金吾衛上将軍に至り太尉越国公を贈られた。后は誕生に際し紅光が体を覆いしばらく退かなかった。姨(叔母)の冀国公主に養育された。成長すると孝謹で自ら生んだ母に事えるようであった。
  • 大定23年、章宗が金源郡王として納采の礼を行う際、世宗は近侍局使の図克坦懐忠を遣わし金百両・銀千両・厩馬6匹・重彩30端を賜い、拝命の間に慶雲が日の側に見え観る者は異とした。この年11月、礼を備えて親迎し、親王・宰執・三品以上官及び命婦を詔して礼に会させ、金源郡王夫人に封じられた。後に妃に進封され、崩じたときに后は性淑明で風儀は粹穆、読書し文を為すことを知っていた。帝(章宗)が即位すると追冊し、詔で中外に告げ神主を坤寧宮に奉安し歳時に致祭した。大安の間、道陵に祔葬された。