金史卷二十二 志第三 暦下(歩月離・歩交会・歩五星・渾象)
歩月離第五
- 転中分:十四万四千百十秒六千六百六十六。転終日:二十七日余二千九百秒六千六百六十六。転中日:十三日余四千六十五秒三千三十三。朔差日:一日余五千百四秒三千九百三十四。象策:七日余二千一分二十二秒半。秒母:一万。上弦:九十一度三十一分四十二秒。望:百八十二度六十二分八十四秒。下弦:二百七十三度九十四分二十六秒。月平行度:十三度三十六分八十七秒半(分秒母は百)。七日初数:四千六百四十八、末数:五百八十二。十四日初数:四千六十五、末数:千百六十五。二十一日初数:三千四百八十三、末数:千七百四十七。二十八日初数:二千九百一、末数:二千三百二十九。
- 経朔弦望入転を求める法:天正朔積分を転終分および秒で満去し、尽きないものを日法で除して日とし、満たないものを余秒とすれば即ち天正十一月経朔入転の日および余秒である。象策を累加し前と同様に命じれば即ち弦望経日加時入転の日および余秒を得、これにより直ちに次朔入転を求める(朔差により知る)。
- 転定分および積度朓朒率(表、原本欠落)。
- 朔弦望入転朓朒定数を求める法:入転の小余をその日の算外損益率で乗じ日法で除して得たものをもって朓朒積を損益して定数とする。四七日の下の余が初数已下ならば初率をこれに乗じ初数で除してこれをもって朓朒積を損益して定数とし、初数已上ならば初数でこれを減じ余に末率を乗じ末数で除して初率を減じ余を朓朒に加えて定数とする。十四日下の余が初数已上のものは初数でこれを減じ余に末率を乗じ末数で除せば便ち朓朒定数となる。
- 朔望定日を求める法:経朔弦望の小余に朓は減じ朒は加え入気入転朓朒定数を用い満と不足を見て大余を進退し甲子より算えれば各々定朔弦望の日辰および余を得る。定朔前の干名と後の干名が同じ月は大、異なる月は小、月内に中気なきものは閏とする。定朔の小余が秋分後に日法四分の三已上にあるものは一日進める。春分後は定朔の日出分と春分の日出分を相減じ余を三分し四分の三の定朔小余を減じ、この数已上のものもまた一日進める。あるいは交虧の初めが日入前にあるものはこれを進めない。定弦望の小余が日出分已下にあるものは一日退ける。望であるいは交虧の初めが日出前にあるものは小余が日出後にあっても退ける。十七日望のようなものはまた定朔小余を四分の三已下の数(春分後は減じて定めた数を用いる)と定望小余を日出分已上の数と相較べ、朔が少なく望が多いものは望は退けず朔をなお進め、望が少なく朔が多いものは朔は進めず望をなお退ける(日月の行には盈と縮があり遅疾の加減の数はあるいは四大三小のような場合もある、常理を随ってその時の早晩を察し近い所に随って進退させ三大二小を過ぎないようにするべきである)。
- 定朔弦望中積を求める法:定朔弦望の大小余と経朔弦望の大小余を相減じ、余をもって経朔弦望の入気日を加減し(経朔弦望が少なければこれを加え多ければこれを減じる)即ち定朔弦望入気とし、その気の中積を加えれば即ち定朔弦望中積となる(その余は日法で退除して分秒とする)。
- 定朔弦望加時日度を求める法:定朔弦望の約余を置き入る所の気日の損益率(盈縮の損益)を乗じ万で約し、その下の盈縮積を損益し乃ち盈は加え縮は減じて定朔弦望中積とし、また冬至加時の日躔黄道宿度をもって宿次によりこれを去れば即ち定朔弦望加時の日の所在度および分秒を得る。また定朔弦望の約余を副置しその日の盈縮の損益率を乗じ万で約し、益すべきものは盈は加え縮は減じ、損すべきものは盈は減じ縮は加えその副が百を満たせば分とし分が百を満たせば度とし、その日の夜半日度に加えて命じれば各々その日の加時の日躔黄道宿次を得る。
- 定朔弦望加時月度を求める法:凡そ合朔加時には日月同度、その定朔加時黄道日度が即ち定朔加時黄道月度となる。弦望は各々弦望度をもって定弦望加時黄道月度に加え宿次によりこれを去れば即ち定朔弦望加時黄道月度および分秒を得る。
- 夜半午中入転を求める法:経朔入転を置き経朔小余をこれで減じて経朔夜半入転とし、また経朔小余と半法を相減じ余をもって経朔加時入転を加減し(経朔が半法より少なければこれに加え、多ければこれを減じる)経朔午中入転とする。定朔の大余に進退があるものもまた転入を加減し、そうでなければ経により定とし、毎日一日を累加し終日および余秒を満たせばこれを去って前のように命じれば各々毎日の夜半午中入転を得る。
- 加時および夜半月度を求める法:その日の入転算外転定分を置き定朔弦望の小余を乗じ日法で除して加時転分とし(分が百を満たせば度とする)定朔弦望加時月度を減じて夜半月度とし、得た転定分を累加すれば即ち毎日の夜半月度を得る。
- 晨昏月度を求める法:その日の晨分を置きその日の算外転定分を乗じ日法で除して晨転分とし転定分を減じて余を昏転分とする。また朔弦望の定小余をもって転定分を乗じ日法で除して加時分とし晨昏転分を減じ前が不足すればこれを覆減し後とし、乃ち前は加え後は減じ加時月度とすれば即ち晨昏の月の所在宿度および分秒である。
- 朔弦望晨昏定程を求める法:各々その朔昏定月をもって上弦昏定月を減じ余を朔後昏定程とする。上弦昏定月をもって望昏定月を減じ余を上弦後昏定程とする。望晨定月をもって下弦晨定月を減じ余を望後晨定程とする。下弦晨定月をもって後朔晨定月を減じ余を下弦後晨定程とする。
- 毎日転定度を求める法:毎程相距る日下の転積度を累計し晨昏定程と相減じ余をもって相距る日数を除して日差とし(定程が多ければこれを加え少なければこれを減じる)毎日の転定分を加減して転定度とし、朔弦望晨昏の月に因り毎日これを累加し宿次を満たせばこれを去って毎日の晨昏月度および分秒とする(凡そ暦を注すには朔日以後は昏月を注し望後一日は晨月を注す)。古暦には九道月度があり、その数は繁雑であるが削り去るのも難しく、その術を以下に具える。
- 平交日辰を求める法:交終日および余秒を置き月経朔加時入交汎日および余秒をもってこれを減じ平交入とし、その月経朔加時後の日算および余秒をその月経朔の大小余に加え、その大余は甲子より算えれば即ち平交日辰および余秒である。
- 平交入転朓朒定数を求める法:平交小余を置きその日の夜半入転の余を加え、その日の損益率を乗じ日法で除して得たものをもってその下の朓朒積を損益して定数とする。
- 正交日辰を求める法:平交小余を置き平交入転朓朒定数の朓は減じ朒は加え、満と不足を見て日辰を進退すれば即ち正交日辰および余秒であり、定朔日辰と相距てば即ち所在の月日である。
- 経朔加時中積を求める法:各々その月の経朔加時入気日および余をもってその気の中積および余に加え、その日は度と命じ、その余は日法で退除して分秒とすれば即ちその経朔加時中積度分秒である。
- 正交加時黄道月度を求める法:平交入経朔加時後の日算および余秒を置き日法で日内の余を通じ進二位し三万九千百二十一分をもって度とし満たないものは退除して分秒とし、その月経朔加時中積に加え、然る後に冬至加時黄道日度を加えて命じれば即ちその月正交加時月離黄道宿度および分秒を得る。次交を求めるものは受終度および秒を加えて命じれば即ち求めるものを得る。
- 黄道宿積度を求める法:正交時黄道宿の全度を置き正交加時月離黄道宿度および分秒でこれを減じ余を距後度および分秒とし黄道宿度をこれに累加すれば各々正交後の黄道宿積度および分秒を得る。
- 黄道宿積度入初末限を求める法:黄道宿積度および分秒を置き交象度および分秒を満たせばこれを去り、半交象已下にあれば初限とし、已上ならば交象度および分秒を減じ余を入末限とする(入交積度・交象度は並びに交会術中にある)。
- 月行九道宿度を求める法:凡そ月行の交わる所は冬は陰暦に入り夏は陽暦に入り月は青道を行き(冬至夏至後、青道の半交は春分の宿にあり黄道の東に当たる、立夏後、青道の半交は立春の宿にあり黄道の東南、対衝の宿もまた同様)、冬は陽暦に入り夏は陰暦に入り月は白道を行き(冬至夏至後、白道の半交は秋分の宿にあり黄道の西に当たる、立冬立夏後、白道の半交は立秋の宿にあり黄道の西北、対衝の宿もまた同様)、春は陽暦に入り秋は陰暦に入り月は朱道を行き(春分秋分後、朱道の半交は夏至の宿にあり黄道の南に当たる、立春立秋後、朱道の半交は立夏の宿にあり黄道の西南、対衝の宿もまた同様)、春は陰暦に入り秋は陽暦に入り月は黒道を行く(春分秋分後、黒道の半交は冬至の宿にあり黄道の北に当たる、立春立秋後、黒道の半交は立冬の宿にあり黄道の東北、対衝の宿もまた同様)。四序は分かれて八節となり、至と陰陽の交わる所は皆黄道と相会う、ゆえに月行には九道がある。各々入る所の初末限度および分秒をもって百一度を減じ、余をもって入る所の初末限度および分を乗じ半にして退位して分とし分が百を満たせば度とし、月道と黄道の汎差と命じる。凡そ日は赤道の内を陰、外を陽とし、月は黄道の内を陰、外を陽とする、ゆえに月行の正交が夏至後の宿度に入るものを同名とし、冬至後の宿度に入るものを異名とする。同名にあるものは月行と黄道の汎差を置き九倍し八で約して定差とし、半交後正交前は差をもって減じ正交後半交前は差をもって加える(この加減は出入六度で黄赤道が交わる同名の差に正しく、これを較べて漸く異なる場合は交の所在に随い遷変が同じでないこともある)。仍って正交度が秋分度から距たる数をもって定差を乗じ象限で除して得たものを月道と赤道の定差とし、前に加えたものは減とし減じたものは加とする。異名にあるものは月行と黄道の汎差を置き七倍し八で約して定差とし、半交後正交前は差をもって加え正交後半交前は差をもって減じる(この加減は出入六度で黄道赤道が交わる異名の差に異なり、これを較べて漸く同じになる場合は交の所在に随い遷変が常でないこともある)。仍って正交度が春分度から距たる数をもって定差を乗じ象限で除して得たものを月行と赤道の定差とし、前に加えたものは減とし、各々黄道宿積度を加減して九道宿積度とし、前宿の九道積度をこれで減じてその宿の九道度および分とする(その分は近似で太・半・少と論じ、春夏秋冬は四時の日の在る宿度をもって正とする)。
- 正交加時月離九道宿度を求める法:正交加時黄道日度および分をもって百一度を減じ、余をもって正交度および分を乗じ半にして退位して分とし分が百を満たせば度とし月道と黄道の汎差と命じる。同名にあるものは月行と黄道の汎差を置き九倍し八で約して定差とし加える。仍って正交度が秋分度から距たる数をもって定差を乗じ象限で除して得たものを月道と赤道の定差とし減じる。異名にあるものは月行と黄道の汎差を置き七倍し八で約して定差とし減じる。仍って正交度が春分度から距たる数をもって定差を乗じ象限で除して得たものを月道と赤道の定差とし加える。正交加時黄道月度および分を置き二差をもってこれを加減すれば即ち正交加時月離九道宿度および分となる。
- 定朔弦望加時月所在度を求める法:定朔加時日躔黄道宿次を置く、凡そ合朔加時には月行は潜んで日の下にあり太陽と同度、これを加時月離宿次とする。各々弦望度および分秒をもってその当たる所の弦望加時月躔黄道宿度に加え宿次を満たせばこれを去って前のように命じれば各々定朔弦望加時月の所在黄道宿度および分秒を得る。
- 定朔弦望加時九道月度を求める法:各々定朔弦望加時月離黄道宿度および分秒をもって前の宿の正交後黄道積度とし定朔弦望加時正交後黄道積度とし、前の求九道積度によって前宿の九道積度をこれで減じ、余を定朔弦望加時九道月離宿度および分秒とする(その合朔加時、もし正交でなければ日は黄道に月は九道にあり入る所の宿度は多少同じでないが、その両極を考えれば縄準に応じるがごとし、ゆえに月行は潜んで日の下にあり太陽と同度と言う、即ち加時九道月度となる。その晨昏夜半の月度を求めるには並びに前術による)。
歩交会第六
- 交中分:十四万二千三百十九秒九千三百六十八。交終日:二十七日余千百九分秒九千三百六十八。交中日:十三日余三千百六十九秒九千六百八十四。交朔日:二日余千六百六十五秒六百三十二。交望日:十四日余四千二秒五千。秒母:一万。交終:二百六十三度七千九分三十六秒。交中:百八十一度八十九分六十八秒。交象:九十度九十四分八十四秒。半交象:四十五度四十七分四十二秒。日蝕既前限:二千四百、定法:二百四十八。日蝕既後限:三千百、定法:三百二十。月蝕限:五千百。月蝕既:千七百、定法:三百四十。分秒母:百。
- 朔望入交を求める法:天正朔積分を置き交終分でこれを去り、尽きないものを日法で除して日とし満たないものを余とすれば即ち天正十一月経朔加時入交汎日および余秒である。交朔を加えれば次朔交望を得、これを加えれば次望を得、また加えればまた次朔を得、各々朔望入交汎日および余秒とする。
- 定朔毎日夜半入交を求める法:各々入交汎日および余秒を置き経朔望小余を減じ去れば即ち定朔望夜半入交汎日および余秒となる。定朔望に進退があるものもまた交日を進退し、そうでなければ経により定とし、大月は二日を加え小月は一日を加え、余は皆四千百二十秒六百三十二を加えれば即ち次朔夜半入交となる。一日を累加し交終日および余秒を満たせばこれを去れば即ち毎日の夜半入交汎日および余秒である。
- 交朔望加時入交を求める法:経朔望加時入交汎日および余秒を置き入気入転朓朒定数の朓は減じ朒は加えれば即ち定朔望加時入交汎日および余秒である。
- 定朔望加時入交積度および陰陽暦を求める法:定朔望加時入交汎日を置き日法でこれを通じ内余進二位し三万九千百二十一で除して度とし満たないものは退除して分秒とすれば即ち定朔望加時月行入交積度である。定朔望加時入転の遅疾度の遅は減じ疾は加えれば即ち月行入交定積度となり、交中度已下ならば入陽暦積度、已上ならばこれを去り余を入陰暦積度とする(毎日はこれに準じて求める)。
- 月去黄道度を求める法:月入陰陽暦積度および分を視て交象已下ならば少象、已上ならば交中を覆減し余を老象とする。入る所の老少象度を上に置き交象度を下に列べ相減相乗し倍して退位して分とし百を満たせば度とし入る所の老少象度および分を減じ、余をまた交中度と相減相乗し八倍しこれを百十で除して分とし分が百を満たせば度とすれば即ち月の黄道を去る度を得る。
- 朔望加時入交常日および定日を求める法:朔望入交汎日を置き入気朓朒定数の朓は減じ朒は加えて入交常日とする。また入転朓朒定数を置き進一位し百二十七で除して得たものの朓は減じ朒は加え、常日に加えて入交日および余秒とする。
- 入交陰陽暦交前後分を求める法:入交定日を視て交中已下ならば陽暦、已上ならばこれを去って陰暦とする。一日の上下(日法で日を分に通じる)は交後分とし、十三日の上下は交中を覆減して交前分とする。
- 日月蝕甚定余を求める法:朔望入気入転朓朒定数を置き同名は相従い異名は相消し千三百三十七を乗じ定朔望加時入転算外転定分でこれを除して得たものの朓は減じ朒は加え経朔望小余として汎余とする。日蝕は汎余を視て半法已下ならば中前分とし、半法已上ならば半法を去って中後分とする。中前後分を置き半法と相減相乗し倍して万で約して分とし日時差とし、中前は時差をもって汎余を減じて定余とし半法を覆減し余を午前分とし、中後は時差をもって汎余に加え定余とし半法を去って午後分とする。月食は汎余を視て日入後夜半前にあるものは日法四分の三已下ならば半法を減じて酉前分、四分の三已上ならば日法を覆減し余を酉後分とする。また汎余を視て夜半後日出前にあるものは日法四分の一已下ならば卯前分、四分の一已上ならば半法を覆減し余を卯後分とする。その卯酉前後分は自相乗し四倍して退位し万で約して分とし汎余に加えて定余とする。各々定余を置き発斂加時法でこれを求めれば即ち日月の蝕する辰刻を得る。
- 日月食甚日行積度を求める法:定朔望食甚の大小余と経朔望の大小余を相減じ余をもって経朔の入気日小余を加減し(経朔望日が少なければ加え多ければ減じる)即ち食甚入気とし、その気の中積を加えて食甚中積とする。また食甚入気小余を置きその入る所の気日の損益率(盈縮の損益)を乗じ日法で除してその日の盈縮積を損益し盈は加え縮は減じ食甚中積とすれば即ち食甚日行積度および分となる。
- 気差を求める法:日食甚の日行積度および分を置き中限を満たせばこれを去り余が象限已下ならば初限、已上ならば中限を覆減し末限とし、皆自相乗し進二位し四百七十八で除して得たものをもって千七百四十四を減じ余を気差恒数とし、午前後分をこれに乗じ半昼分で除して得たものをもって恒数を減じて定数とする(減に及ばなければこれを覆減して定数とし、応に加えるべきものはこれを減じ減じるものは加える)。春分後は陽暦は減じ陰暦は加え、秋分後は陽暦は加え陰暦は減じる(春分前秋分後各二日、二千百分を定気としこれに加減する)。
- 刻差を求める法:日食甚の日行積度および分を置き中限を満たせばこれを去り余と中限を相減相乗し進二位し四百七十八で除して得たものを刻差恒数とし、午前後分をこれに乗じ日法四分の一で除して得たものを定数とする(恒数已上にあるものは恒数を倍し得た数でこれを減じて定数とし、その加減による)。冬至後の午前は陽は加え陰は減じ午後は陽は減じ陰は加える。夏至後の午前は陽は減じ陰は加え午後は陽は加え陰は減じる。
- 日食の交前後定分を求める法:気刻の二差の定数は同名は相従い異名は相消し食差として加減し交前後分を去り交前後定分とする。その前後定分を視て陽暦にあれば即ち食せず、陰暦にあれば即ち食する。交前の陰暦で減に足りなければ反対にこれを減じ(食差を反減する)交後陽暦とし、交後の陰暦で減に足りなければ反対にこれを減じ交前陽暦とすれば即ち食せず、また交前陽暦で減に足りなければ反対にこれを減じ交後陰暦とし、交後陽暦で減に足りなければ反対にこれを減じ交前陽暦とすれば即ち日食する。
- 日食分を求める法:交前後の定分を去るものを視て二千四百已下ならば既前分とし二百四十八で除して大分とし、二千四百已上ならば五千五百を覆減し(減に足りなければ食せず)既後分とし三百二十で除して大分とし尽きないものは退除して秒とすれば即ち日食の分秒を得る。
- 月食分を求める法:交前後分を去るものを視て(気刻差を用いない)千七百已下ならば食既とし、已上ならば五千百を覆減し(減に足りなければ食せず)余を三百四十で除して大分とし尽きないものは退除して秒とすれば即ち月食の分秒である。交分を去るものが既限已下にあれば既限を覆減しまた三百四十で除して既内の大分とする。
- 日食定用分を求める法:日食の大分を置き三十分と相減相乗し、また二千四百五十を乗じ定朔入転算外定分で除して得たものを定用分とし定余を減じて初虧分とし定余を加えて復円分とし各々発斂加時法でこれを求めれば即ち日食三限の辰刻を得る。
- 月食定用分を求める法:月食の大分を置き三十五分と相減相乗し、また二千百を乗じ定朔入転算外転定分で除して得たものを定用分とし定余を加減して初虧復円分とし各々発斂加時法でこれを求めれば即ち月食三限の辰刻を得る。月食既のものは既内大分と十五を相減相乗し、また四千二百を乗じ定朔入転算外転定分で除して得たものを既内分とし定用分を減じて既外分とし、月食定余を置き定用分を減じて初虧とし既外分を加えて食既とし、また既内分を加えて食甚(即ち定余分である)とし、また既内分を加えて生光とし復た既外分を加えて復円とし各々発斂加時法でこれを求めれば即ち月食五限の辰刻を得る。
- 月食入更点を求める法:食甚の入る所の日の晨分を置き倍して五で約し更法とし、また五で約し更法を点とする。乃ち月食初末の諸分を置き昏分已上は昏分を減じ晨分已下は晨分を加え、更法に満たなければ初更とし点法に満たなければ一点とし、法により順次これを求めれば即ち各々更点の数を得る。
- 日食の起こる所を求める法:食既前は初め西南に起こり正南に甚だしく東南に復す。食既後は初め西北に起こり正北に甚だしく東北に復す。その食八分已上は皆正西に起こり正東に復す(これは正午の地に拠って論じる)。
- 月食の起こる所を求める法:月が陽暦にあれば初め東北に起こり正北に甚だしく西北に復す。月が陰暦にあれば初め東南に起こり正南に甚だしく西南に復す。その食八分已上は皆正東に起こり正西に復す(これもまた午の地に拠って論じる)。
- 日月出入帯食所見分数を求める法:各々食甚の小余と日出入分を相減じ余を帯食差とし食する所の分を乗じ定用分を満たせば(月食既は既内分をもって帯食差を減じ余に食分を乗じ既外分を満たせば尽きないものは反減しないものを帯食既出入とする)食する所の分を減じれば即ち日月出入の帯食所見の分である(その食甚が昼にあれば晨は漸進、昏は已退。食甚が夜にあれば晨は已退、昏は漸進)。
- 日月食甚宿次を求める法:日月食甚の日行積度(望はさらに半周天を加える)を置き天正冬至加時黄道日度を加えて命じ黄道宿次によりこれを去れば即ち各々日月食甚の宿度および分を得る。
歩五星第七
- 木星:周率二百八万六千百四十二秒五十四。暦率二千二百六十五万五百七。暦度法六万二千十四。周日三百九十八日八十八分。暦度三百六十五度二十四分八十二秒。暦中百八十二度六十二分四十一秒。暦策十五度二十一分八十七秒。伏見十三度。
- 段目・段日・平度・限度・初行率(表):合伏二十六日八十六分、三度八十六、二度九十三、二十三。晨順疾二十八日、六度二十一、四度六十四、二十二。晨次疾二十八日、五度五十一、四度十九、二十一。晨順遅二十八日、四度三十一、三度二十八、十八。晨末遅二十八日、一度九十一、一度四十三、十二。晨留二十四日。晨退四十六日五十八、四度八十八十八、空三十二八十二。夕退四十六日五十八、四度八十八十八、空三十二八十二、十八。夕留二十四日。夕末遅二十八日、一度九十一、一度四十五。夕順遅二十八日、四度三十一、三度十八、十二。夕次疾二十八日、五度五十一、四度十九、十八。夕順疾二十八日、六度十一、四度六十四、二十一。夕伏二十六日八十六、三度八十六、二度九十三、二十二。
- 策数・損益率・盈積度・損益率・縮積度(表):一、益百五十九、初、益百五十九、初。二、益百四十二、一度五十九、益百四十二、一度五十九。三、益百二十、三度一、益百二十、三度一。四、益九十三、四度二十一、益九十三、四度二十一。五、益六十一、五度十四、益六十一、五度十四。六、益二十四、五度七十五、益二十四、五度七十五。七、損二十四、五度九十九、損二十四、五度九十九。八、損六十一、五度七十五、損六十一、五度七十五。九、損九十三、五度十四、損九十三、五度十四。十、損百二十、四度二十一、損百二十、四度二十二。十一、損百四十二、三度一、損百四十二、三度一。十二、損百五十九、一度五十九、損百五十九、一度五十九。
- 火星:周率四百七万九千四十一秒九十七。暦率三百五十九万二千七百五十八秒三十二。暦度法九千八百三十六半。周日七百七十九日九十三分十六秒。暦度三百六十五度二十四分七十六秒。暦中百八十二度六十二分三十八秒。暦策十五度二十一分八十六秒。伏見十九度。
- 段目・段日・平度・限度・初行率(表):合伏六十七日、四十八度、四十五度四十八、七十二。晨順疾六十三日、四十四度六十、四十二度二十六、七十一。晨次疾五十八日、四十度九、三十七度三十二、七十。晨中疾五十二日、三十四度六、三十二度三十二、六十八。晨末疾四十五日、二十六度三十二、二十四度九十九、六十三。晨順遅三十七日、十六度六十八、十五度八十、五十四。晨末遅二十八日、五度七十五、五度四十五、三十七。晨留十一日。晨退二十八日九十六五十八、八度十五六十、五度五十四。夕退二十八日九十六五十八、八度十五六十、三度、四十一。夕留十一日。夕末遅二十八日、五度七十五、五度四十五。夕順遅三十七日、十六度六十八、十五度八十、三十七。夕末疾四十五日、二十六度三十二、二十四度九十九、五十四。夕中疾五十二日、三十四度六、三十二度三十三、六十三(続く各段、原本表の一部欠落)。
- 土星:周率百九十七万七千四百十二秒四十六。暦率五千六百二十二万三千二百二十九。暦度法十五万三千九百二十八。周日三百七十八日九分三秒。暦度三百六十五度二十五分六十六秒。暦中百八十二度六十二分八十三秒。暦策十五度二十一分九十秒。伏見十七度。
- 段目・段日・平度・限度・初行率の表は原本の大半が欠落。末尾のみ残る:十二段、損二百十三、二度十三、損百六十三、一度六十三。
- 金星:周率三百五万三千八百四秒二十三。暦率百九十一万二百四十一秒十一。暦度法五千二百三十。周日五百八十三日九十分十四秒。合日二百九十一日九十五分七秒。暦度三百六十五度二十四分六十八秒。暦中百八十二度六十二分三十四秒。暦策十五度二十一分八十六秒。伏見十度半。
- 段目・段日・平度・限度・初行率の表は原本欠落。
- 水星:周率六十万六千三十一秒八十四。暦率百九十一万二百四十二秒三十五。暦度法五千二百三十。周日百十五日八十七分六十秒。合日五十七日九十三分八十秒。暦度三百六十五度二十四分七十一秒。暦中百八十二度六十二分三十五秒半。暦策十五度二十一分八十六秒。晨伏夕見十四度。夕伏晨見十九度。
- 段目・段日・平度・限度・初行率(表):合伏十五日、二十九度、十四度二十六、二百五。夕順疾十五日、二十三度七十五、十九度九十五、百八十五。夕順遅十五日、十三度二十五、十一度十三、百三十五。夕留二日。夕退伏十日九十三八十、八度六十二、二度四十九八十。合退伏十日九十三八十、八度六十二、二度四十九八十、百。晨留二日。晨順遅十五日、十三度二十五、十一度十三。晨順疾十五日、二十三度七十五、十九度九十五、百三十五。晨伏十五日、二十九度、二十四度三十六、百八十一。
- 策数・損益率・盈積度・損益率・縮積度(表):一、益五十七、初、益五十七、初。二、益五十三、空度五十七、益五十三、空度五十七。三、益四十五、一度十、益四十五、一度十。四、益三十五、一度五十五、益三十五、一度五十五。五、益二十二、一度九十、益二十二、一度九十。六、益八、二度十二、益八、二度十二。七、損八、二度二十一、損八、二度二十一。八、損二十二、二度十二、損二十二、二度十二。九、損三十五、一度九十、損三十五、一度九十。十、損四十五、一度五十五、損四十五、一度五十五。十一、損五十三、一度十、損五十三、一度十。十二、損五十七、空度五十七、損五十七、空度五十七。
- 五星の天正冬至後の平合および諸段の中積・中星を求める法:通積分を置き各々その星の周率でこれを去り、尽きないものを前合分とし、周率を覆減し余を後合分とし、日法で除し満たないものは退除して分秒とすれば即ちその星の天正冬至後の平合の中積・中星である(日と命じるものを中積、度と命じるものを中星とする)。段日を累加して中積に加えれば即ち諸段の中積となり、平度を中積に累加し逕退減じれば即ち諸段の中星となる。
- 五星の平合および諸段入暦を求める法:前の通積分を置き各々その星の後合分を加え、暦率でこれを去り、尽きないものは各々その星の暦度法で除して度とし満たないものは退けて分秒とすれば即ちその星の平合入暦度および分秒である。諸段の限度をこれに累加すれば即ち諸段の入暦を得る。
- 五星の平合および諸段の盈縮差を求める法:各々その星のその段の入暦度および分秒を置き暦中已下にあれば盈にあるとし、已上ならば暦中を減じ去り余を縮にあるとする。その星の暦策でこれを除して策数とし尽きないものを入策度および分とし策数より算えその策数下の損益率を乗じ暦策で除して分とし、その下の盈率積度を損益すれば即ちその星のその段の盈縮定差である。
- 五星の平合および諸段の定積を求める法:各々その星のその段の中積を置きその盈縮定差の盈は加え縮は減じれば即ちその段の定積日および分となる。天正冬至の大余および約分を加え紀法六十を満たせばこれを去り、尽きないものは即ち定日および加時分秒となり、満たなければ甲子より算えれば即ち日辰を得る。
- 五星および諸段の所在日月を求める法:各々その段の定積日および分を置き天正閏日および分を加え朔策および約分を満たすもので除して月数とし、尽きないものを入月已来の日数および分とし、その月数は天正十一月より算えれば即ちその段の入月経朔日数および分を得、日辰を相距てて所在定朔月日とする。
- 五星の平合および諸段の加時定星を求める法:各々中星を置き盈縮定差の盈は加え縮は減じ(金星はこれを倍し木星は三倍する、あるいは加減できる)即ち五星の諸段の定星となる。天正冬至加時黄道日度を加え宿によりこれを命じれば即ちその星のその段の加時所在宿度および分秒である。
- 五星諸段の初日辰前夜半定星を求める法:各々その段の初行率をもってその段の定積日下の加時分を乗じ百で約し乃ち順に減じ退けて加え、その日の加時定星に、即ちその段の初日晨前夜半定星の所在宿度となる。
- 諸段の日率・度率を求める法:各々その段の日辰から後段の日辰を距てて日率とし、その段の夜半宿次と後段の夜半宿次を相減じ余を度率とする。
- 諸段の平行分を求める法:各々その段の度率および分秒を置きその段の日率で除せば即ちその段の平行度および分秒となる。
- 諸段の総差・日差を求める法:本段前後の平行分を相減じ余をその段の汎差とし(例えば木星の次疾汎差を求めるには順疾順遅の平行分を相減じ余を次疾汎差とする、他も皆これに倣う)倍して退位して増減差とし、その段の平行分を加減して初末日の行分とする(前が多く後が少なければ加を初、減を末とし、前が少なく後が多ければ減を初、加を末とする)。増減差を倍して総差とし日率から一を減じたもので除して日差とする。
- 前後伏遅退段の増減差を求める法:前伏では後段の初日の行分を置きその日差の半を加えて末日の行分とする。後伏では前段の末日の行分を置きその日差の半を加えて初日の行分とし伏段の平行分を減じ余を増減差とする。前遅では前段の末日の行分を置き倍したその日差を減じて初日の行分とする。後遅では後段の初日の行分を置き倍したその日差を減じて末日の行分とし、遅段の平行分をこれで減じ余を増減差とする(前後は留に近い遅段である)。木・火・土三星の逆行は平行分を六倍し一位を退けて増減差とする。金星の前後伏退は平行分を三倍し半にして退位して増減差とし、前退は後段の初日の行分を置きその日差でこれを減じて末日の行分とし、後退は前段の末日の行分を置きその日差でこれを減じて初日の行分とし本段の平行分でこれを減じ余を増減の差とする。水星は平行分を半にして増減差とし、皆増減差をもって平行分を加減して初末日の行分とし(前が多く後が少なければ初を加え末を減じ、前が少なく後が多ければ初を減じ末を加える)また増減差を倍して総差とし日率から一を減じたもので除して日差とする。
- 毎日晨前夜半の星行宿次を求める法:各々その段の初日の行分を置き日差で累損益し(後が少なければこれを損じ、後が多ければこれを益す)毎日の行度および分秒とし、乃ち順に加え退けて減じ宿次を満たせばこれを去れば即ち毎日晨前夜半の星行宿次を得る(前段末日と後段初日の行分を較べその数が一二を過ぎないものが妙、あるいは日差の数が倍したりあるいは顛倒して倫でないものは前後の増減の差を類会させ稍これを損益しその倫あるようにしてから用いる。あるいは前後の平行が倶に多いか倶に少なければ平注とし、あるいは総差の秒が一分に満たなければまた平注とし、倫がなくとも平注して倫を得るものもまた平注とする)。
- 五星の平合および見伏入気を求める法:定積を置き気策および約分で除して気数とし満たないものを入気日および分秒とし天正冬至より算えれば即ち求める平合および伏見入気日および分秒である。
- 五星の平合および見伏行差を求める法:各々その段の初日の星行分をその太陽行分と相減じ余を行差とする。もし金星が退行にあり水星が退合にあるものは併せて行差とする。水星が夕伏晨見であれば直ちに太陽行分を行差とする。
- 五星の定合見伏汎積を求める法:木・火・土三星は各々平合晨疾夕伏の定積が即ち定合定見定伏の汎積となる。金・水二星はその段の盈縮差を置き(水星はこれを倍す)各々行差で除して日とし満たないものは退除して分秒とし、平合夕見晨伏にあれば盈は減じ縮は加え、退合夕伏晨見にあれば盈は加え縮は減じ、皆定積を加減して定合定見定伏の汎積とする。
- 五星の定合定積定星を求める法:水・火・土三星は各々平合の行差でその日の太陽盈縮差を除して距合差日とし、太陽盈縮差でこれを減じて距合差度とし、日が盈暦にあれば差日差度でこれを減じ、縮にあればこれを加え、その星の定合汎積を加減して定合定積定星とする。金・水二星の定合退合は各々平合退合の差でその日の太陽盈縮差を除して距合差日とし順に加え退けて減じ太陽盈縮差を距合差度とし、順で盈暦にあれば差日差度をこれに加え、縮にあればこれを減じ、退で盈暦にあれば差日をこれで減じ差度をこれに加え、縮にあれば差日をこれに加え差度をこれで減じ、皆その星の定合および再定合の汎積を加減して定合再定合定積定星とする。冬至の太余および約分をもって定積に加え紀法を満たせば去り命じれば即ち定合日辰を得る。冬至加時黄道日度をもって定星に加え宿次を満たせばこれを去れば即ち定合所在宿次を得る(その順退の所在は盈縮太陽の盈縮である)。
- 木・火・土三星の定見伏定積日を求める法:各々その星の定見伏汎積を置き晨は加え夕は減じ象限日および分秒とし(半中限と象限)、中限已下ならば自相乗し、已上ならば歳周日および分秒を覆減し余もまた自相乗し七千五を満たせば得たものをその星の伏見度で乗じ十五で除して差とし、その差はその段の行差で除して日とし満たないものは退除して分秒とし、見は加え伏は汎積に加え前のように命じれば即ち日辰を得る。
- 金・水二星の定見伏定日積を求める法:各々伏見日の行差でその日の太陽盈縮差を除して日とする。晨伏夕見であれば日が盈暦にあればこれを加え縮にあればこれを減じ、夕伏晨見であれば日が盈暦にあればこれを減じ縮にあればこれを加え、その星の汎積を加減して常積とする。常積を視て中限已下ならば冬至後、已上ならばこれを去り余を夏至後とする。その二至後において象限已下ならば自相乗し、已上ならば中限を覆減しまた自相乗し各々法で除して分とし(冬至後晨・夏至後夕は十八を法とし、冬至後夕・夏至後晨は七十五を法とする)伏見度を乗じ十五で除して差とし、差は行差を満たせば日とし満たないものは退除して分秒とし常積を加減して定積とする(冬至後晨見夕伏は加え夕見晨伏は減じ、夏至後晨見夕伏は減じ夕見晨伏は加える)前のように加え命じれば即ち定見伏日辰を得る。その水星の夕疾が大暑気の初日から立冬気九日三十五分已下に在るものは見えず、晨留が大寒気の初日から立夏気九日三十五分已下に在るものは、春に晨見せず秋に夕見しないというのも、また古くからあったことである。
渾象
- 古の天を言う者に三家あり、一に葢天、二に宣夜、三に渾天という。漢の霊帝の時、蔡邕が朔方から上書し「宣夜の学は絶えて師法がなく、周髀の術数は具存するが天状を考験するに違失が多い、ただ渾天のみが近く最もその情を得ている」と言った。近世の太史候台の銅儀がこれである。八尺を立て体は円く天地の形を具え、黄道赤道の表裏を正し日月の度数を行い五緯の遅速を歩き気候の推遷を察するもので、精微深妙で百代廃すべからざるものである。しかし暦を伝えること久遠で製造する者は衆く測候占察には互いに得失があった。張衡の製は霊憲と謂うがその伝を史は失い、魏晋以来官にはその器があっても本書がなく、ゆえに前志にも欠けている。呉の中常侍王蕃は「渾天儀とは羲和の旧器、これを璣衡という」と言い、代を積んで相伝えるが沿革が一定しない。宋の太平興国中、蜀人張思訓が初めてその式を創り禁中で造らせると年を踰えて成り、詔して文明殿東の鼓楼下に置き「太平渾儀」と題した。思訓が死んでから璣衡は断壊しその法制を知る者が復無くなった。景徳中、暦官韓顕符が劉曜時の孔挺・晁崇の法に依倣したが簡略に失した。景祐中、冬官正舒易簡は乃ち唐の梁令瓚・僧一行の法を用いて頗る詳備となったが、密に失し用いにくかった。元祐時、尚書右丞蘇頌が昭文館校理沈括と共に勅を奉じ渾儀法要を詳定し、遂に挙吏部勾当官韓公廉を挙げて九章勾股法に通じ常に天度を推考させると、張衡・王蕃・僧一行・梁令瓚・張思訓の法式の大綱をたずね究めることができ、算術に拠って象器を考案すればまた成就できるとし、局を置き官を差わして製造することを請い、詔してその言のとおりとした。奏して鄭州原武主簿王沇之・太史局官周日厳を于太古・張仲宣と共に監造に同行させ、制度が既に成ると詔して集英殿に置き総じてこれを渾天儀と謂った。公廉が儀を造ろうとした時、先に九章勾股験測渾天書一巻を撰しこれを禁中に貯えたが、今その伝を失い世に知る者がない。
- 旧制の渾儀は天を規し地を矩し機を内に隠し、上に経躔次を布いて日月五星の行度を具え、それをもって寒暑進退を察するもので、張衡渾天や開元の水運銅渾儀のようなものがこれである。久しくして合わず施用に乖くと、公廉の制はすなわち輪三重を為した。一に六合儀といい地渾に縦置し即ち天経環である、地渾と相結んでその体は動かない。二に三辰儀といい六合儀の内に置く。三に四游儀といい三辰儀の内に置く。四龍柱を地渾の下に植え、また鼇雲を六合儀の下・四龍柱の下に置き、十字水趺を設け溝道を鑿って水を通じ高下を平らかにする。別に天常単環を六合儀の内に設け、また黄道赤道の二単環を設け皆三辰儀の内に置き東西相交わり天運に随って転じ列舎の行を験す。また四象環を為し三辰儀に附し天運環に相結ぶ。黄赤道の両交には距二を置き縦置して四游儀の内に置き、北は六合儀の地渾の上に属し北極出地の度を正し、南は六合儀の地渾の下に属し南極入地の度を正す。これが渾儀の大形である。直距の内に望筒を夾置し一筒の半に関軸を設け直距の上に附し運転低昂させ、筒は常に日を指し月体は常に筒竅の中にあり、天が西行して一周する日に東に一度移り、仍って四方の星度を窺測する、皆李淳風・孔挺・韓顕符・舒易簡の制を斟酌したものである。三辰儀の上には天運環を設けて水でこれを運じた。水運の法は漢の張衡に始まり唐の梁令瓚および僧一行に成り、また太平興国中の張思訓に復した。公廉は今またその制を変正し、天運環の下に天柱関軸の類を設け上で渾儀を動かした、これが新制である。
- 旧制の渾象は張衡の謂う所の密室中に置くもので、七曜の運を推歩し暦をもって昏明の候を象り二十四気を校し昼夜刻漏を考えるもので渾象より出るものはない。隋志は「梁の秘府中に宋の元嘉中に造られたものがあり、木でこれを作りその円さは丸のようで体に遍く二十八宿・三家の星の色・黄赤道・天河等を布き、別に横規を作って外を繞り上下を半にして地を象る」と称する。開元中、僧一行と梁令瓚に詔して更に銅渾象を造らせ円天の象を為し、上に列宿周天度数を具え水を注いで輪を激しくその自転させ一日一夜に天は一周し、また別に日月五星を置いて循繞絡し天外にあり運行を得させると、毎に天が西転して一匝するごとに日は正東に一度行き月は十三度余行き凡そ二十九転して日月が会し三百六十五転して日行が一匝すると、仍って木櫃を置いて地平とし象を半ば地上に半ば地下に在らせ、また二木偶人を地平の前に立て鍾鼓を置き木人が自然に撞撃して辰刻を報せるようにし、これを「水運渾天俯視図」と名づけた。既に成ると武成殿に置くよう命じた。
- 宋の太史局には旧く渾象がなかったが、太平興国中に張思訓が開元の法に準じ上を葢として紫宮とし旁を周天度としてこれを東西に転じさせ新意を出した。公廉は乃ち隋志を増損してこれを制し、上に二十八宿の周天度数および紫微垣中外の宮星を列べ七政の運転を俯瞰し六合儀の天経地渾の内に納め、同じく木櫃でこれを載せ、その中には枢軸を貫き南北に渾象の外へ出て南は長く北は短い。地渾は木櫃面にあり横置してこれを地に象り、天経は地渾と相結び縦置してこれを半ば地上に半ば地下に隠して天を象る。その枢軸は北は天経の上杠中を貫き末は杠と平らに櫃外三十五度弱を出て北極出地を象り、南もまた天経を貫き下杠外に出て櫃内に三十五度弱入って南極入地を象る。赤道に就いて牙距を為すこと四百七十八牙、天輪を衘して機輪・地轂に随って正東西に運転し、昏明中星は既にその度に応じ分至節気もまた験して応じ差がない。王蕃は「渾象の法、地は当に天の内にあるべきだが、その勢いが便でないゆえに反ってその形を観るに地を外郭とする、己に解した者にとっては異なることはない、詭状殊体だが理に合するとは奇巧というべきものだ」と言った。今、地渾もまた渾象の外にあるのは王蕃の制から出たものである。
- その下は思訓の旧制で枢輪関軸があり水を激して運動させ、直神をもって鈴を揺らし鍾を扣き鼓を撃たせ、時刻十二神司辰の像を輪上に置き、時の初正に至れば牌を執って循環して出て刻数に随って報せ昼夜の長短を定める、冬に水が凝れば運転が遅渋するので水銀でこれに代えた。今、公廉の製する所は共に一台に置き、台中に二隔があり渾儀をその上に置き渾象をその中に置き、水を激して運転させ樞機輪軸を下に隠し、内に昼夜時刻の機輪五重を設ける。第一重を天輪と言い渾象赤道の牙距を撥ね、第二重を撥牙輪と言い上に牙距を安じ天柱中輪に随い転動して上下四輪を運ぶ。第三重を時刻鍾鼓輪と言い上に時初時正百刻の撥牙を安じ鍾を扣き鼓を撃ち鈴を揺らす。第四重を日時初正司辰輪と言い上に時初十二司辰・時正十二司辰を安じる。第五重を報刻司辰輪と言い上に百刻司辰を安じる。以上の五輪は並びに一軸を貫き上に天束でこれを束ね、下に鉄杵臼で承け、前に木閣五層でこれを蔽い、稍その旧制に異を増した。五輪の北にはまた側に枢輪を設け、その輪は七十二輻をもって三十六洪束を為し三輞で夾持し水三十六壺を受け、轂の中に鉄枢軸一を横貫し南北に軸を出して地轂とし地輪・天柱・中輪を運撥し動かし機輪を動かし渾象を上に動かし渾天儀を動かす。また枢輪の左に天池・平水壺を設け、平水壺は天池の水を受け注いで受水壺に入れ枢輪を激し、受水壺は落ちて退水壺に入り、壺下の北竅により水を引いて昇水下壺に入れ、昇水下輪をもって水を昇水上壺に運び入れ、上壺内の昇水上輪および河車が同じく転じ上下輪が水を運んで天河に入れ、天河はまた流れて天池に入り、毎に一昼一夜で周って復始する。これが公廉の製した渾儀・渾象二器で、通して三用をなし総じてこれを渾天儀と名づけたものである。
- 金が汴を取ってから皆燕に輦致した。天輪・赤道牙距・撥輪・懸象・鍾鼓・司晨・刻報・天池・水壺等の器は久しく皆棄毀したが、ただ銅渾儀のみは太史局の候台に置かれた。ただ汴から燕までは相去ること千余里、地勢の高下が異なるため望筒中に極星を取るのに稍差が生じ四度下に移してようやくこれを窺い得た。明昌六年(1195年)秋八月、風雨が大いに起こり雷電が震撃し龍が渾儀の鼇雲・水趺の下に起こり台が忽ち中裂して摧け、渾儀は台下に仆れ落ちた。すぐに有司に命じてこれを営葺させ復た台上に置いた。貞祐南渡の際、渾儀は鎔鋳して成った物なので毀折を忍びなかったが、全体で運べば輦載に難しく遂に委てて去った。興定中、司天台官が台中に渾儀を置かず測候の人数も足りないことを朝に言い、儀象を鋳造し生員を多く補うべきで庶して占考の実を尽くせるようにすべきと言った。宣宗は礼部尚書楊雲翼を召してこれを問うと、雲翼は「国家は自来銅の禁が甚だ厳しく、たとえ公私の有する所を尽くしても給するに恐らく足りません。今調度が方に殷んで財用が不足しており実に未だ行うべきではありません」と対した。他日、上がまたこれを言うと、ここにおいて測候の人数員を添えるに止まり鋳儀の議は遂に寝んだ。初め張行簡が礼部尚書提点司天監であった時、かつて蓮花星丸二漏を製して進み、章宗は蓮花漏を禁中に置くよう命じ、星丸漏は車駕の巡幸に遇えばこれを用いた。貞祐南渡の際、二漏は皆汴に遷され、汴が亡ぶとともに廃毀しその制を稽える所がなくなった。